「ミスドスーパーラブ」に寄せて
よく訪れるミスタードーナツの店舗は、大型のショッピングモールの中に最近できたところで、きれいなソファ席が並んでいます。ホットコーヒーを頼んで席に着くと、店員さんが時々「おかわりいかがですか」とやってきてくれます。ポットと、シュガーとミルクの入った小さなカゴを持ち、ていねいにそう聞いて下さるので、「天使みたいだあ」と思う。だから、図々しくも何杯もおかわりを注いで貰うわけです。
出版レーベル『トーキョーブンミャク』さんがつくられた一冊、『ミスドスーパーラブ』。30名のクリエイターによる、グラフィック、短歌、小説、エッセイなどなどで綴られた、ミスド愛のアンソロジーです。この度、お取り扱い店も30店を超えられたとのこと。
微力ながら「ごはんとアパート」も参加させていただき、メニューは「ポン・デ・ストロベリー」を担当しています。このお話を頂いたことがきっかけで、わたしは生まれて初めて、このドーナツを食べました。天使みたいな店員さんのいるこのミスドで。
優しいピンク色のチョコがお花みたいに広がっている。かわいい。甘酸っぱいもちもちを夢中で食べて、どんな言葉を綴ろうかと、意識をぼんやりと遠くへやりました。
いつも、ゴールデンチョコレートと、ポン・デ・リングばかり食べていました。このドーナツのペアがわたしに定着したのは、高校生の頃。通っていた高校のすぐ側にミスドがあったんです。席の間隔が窮屈な、小さな店舗でした。このお店は、今はもう、ありません。
けれど、わたしにとっての「ミスド」はここがはじまりです。前髪がへんになってないか。プリクラのワンシートを、どうやって切り分けるか。リプトンの紙パック、どれが一番好きか。そういうことが散らばった日々にいる十代のわかものが、紺色のブレザーと赤いネクタイ姿でミスドにかぶりつくというのは、やっぱりちょっと、熱を帯びた風景です。かないっこない、と思います。
記憶が連なってたくさん出てきました。履きつぶしたローファー。日本史の教科書のオレンジ色。ガラケーの「メール送信画面」。憧れのあのコが使っていたマスカラ。教室の埃っぽさと、わら半紙のプリントの匂い。プレハブ小屋の部室。友人が半分こしてくれたカロリーメイト。体育館横の階段に座って、「焦ることないよ」と言い合ったこと。チャットモンチーの歌詞を繰り返し繰り返し読んだこと。「ゴールデンチョコレートが一番おいしいからー」とクラスメイトが教えてくれたこと。ポン・デ・リングを先に食べること。その後、黄色いつぶつぶが、プリーツスカートをすべり落ちていくこと。
決して、青春映画みたいに、光に透かしたような日々ではなかった。不器用で、何事にも上手くなじめませんでした。けれど、もう戻れない風景はとても眩しいものです。
あれから随分と時が経ちました。わたしはその頃に小さな物語を書き始めて、細々と、書くことを大切に思ってきました。表現することで出会えた人たちがたくさんいます。
そして、今。もうあの店舗はなくなってしまったけれど、あたらしく生まれたミスドでポン・デ・ストロベリーを頬張っています。ピンク色のドーナツに見知らぬ誰かの人生を重ねて想像し、登場人物に愛を囁かせて、『ミスドスーパーラブ』にてお話を書かせていただきました。参加クリエイターさんのひとりひとりに、あの甘さが寄り添ってきた人生があると思うと、しみじみと感動を覚えます。よろこびを祝福し、さみしさをなぐさめ、虜にして忘れさせてくれない。そんなミスドの記憶たちにわたしも一読者として触れられて、とても嬉しく思っています。
ゴールデンチョコレートとポンデリングばかり食べていたわたしの人生に、ポンデストロベリーが現れてくれました。大袈裟だと笑われるかも知れませんが、それはたったひとつのドーナツの話ではなく、今を一緒に生きる人の人生同士がほんの少し交わったということだと思うのです。そのささやかな偶然の積み重ねが、私たちの毎日をつくってゆくのでしょう。それらができるだけ、おいしくて、甘やかで、そこに並び存在するだけで心が救われる、そんなものでありますように。
どうぞお近くの書店さま、公式オンラインショップにて、手に取ってみてください。お一人お一人の記憶の味と、お気に入りの作品が交わって、きっと豊かな偶然が生まれていくと思います。
この度は『ミスドスーパーラブ』にお誘いいただき、ありがとうございました。時々、黄色いつぶつぶに立ち返りながらも、まだ見ぬミスドの記憶をわたしも重ねてゆきたいです。次は何を食べようか、またページを開いて、考えようと思います。
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お写真は、すなばさん(Twitter @comebackmypoem)撮影のものをお借りしました。
すてきな参加クリエイターさんをぜひチェックお願いいたします!