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【掌編小説】曇りのない青空

新宿に来るのはいつぶりだっけ。地方から来たおれは慣れない…人多い、休日の昼間はこんななの?

まじ暑くて今日は、つっても夏はこれから? タンクトップにサンダルでよかった。ハンディファンほしい。あ、多佳子たかこ。あれ多佳子だよな。

駅構内から出てきたスーツ姿の小柄な女性が手を振って小走りになった。あいつ、昔からいいやつだよな。
「ごめん、時間遅らせてもらって。ひさしぶり!」
「おう、ひさしぶり」
多佳子から「午前に仕事が入った」とLINEが来たから、待ち合わせを30分遅らせた。おれは今っぽいハンバーガーを食べて待ってた。味はふつうだった。
「で、どこ行く?調べてくれたんでしょ」
おれはもう一回、食べログを開いてよく見た。さっと調べたけど、ほんとにこの店でいいのか。東京久しぶりすぎる。てか、今日三人だったよね。
「ねえ、高木こないの?」
「高木、今日は保育園の見学に行くって。最近、保活が大変らしい」
「日曜なのに?」
そう聞きつつ、質問をもうひとつ重ねた。
「ここでいい?お店」
「いい、いい!人気のとこじゃん!」
そうなの? にっこにこ笑う多佳子はご機嫌らしかった。明るいグレーのジャケットとスカートはシュッとしてて、おれはハーフパンツでほんとによかったのかと考えた。

ガラス越しにのぞき見て、カフェの謎のおしゃれさに引いた。自分で選んだ店なのに。
「ここ、ここ!来てみたかったんだよね〜」
多佳子は遠慮なく扉を開ける。あとをついてく。そもそも注文の仕方がわからない。多佳子はさっと列に並んだ。となりに立つ。多佳子はスマホをこちらに向けて、リール動画を見せた。「日本上陸したって聞いたから、一度来てみたかったんだよね。スカイボトルコーヒー」
「おれも、日本上陸って出たから、ここいいかもと思って」
「ね、気になるよね!」
なんて話してるうちに順番が来た。大きなカウンターの向こうで、青いエプロンをつけた店員が「なにになさいますか」と聞いてくる。おれはメニューがわかるフリをして多佳子を見た。先に選んでほしい。多佳子は、
「どれがおすすめですか?」
と店員に聞いた。おいおい、後ろ並んでるのに早く決めなくていいのかよ、ってこういう店ではいいのか。店員も余裕のある笑顔で答えてた。
「ゲイシャは夏限定の入荷になっていておすすめです。本日の豆はマンデリンでしっかりしたコクと余韻が楽しめます」
「じゃあ、マンデリンにします」
おれも同じのでいいや。ミルクたっぷりにして。
「同じので。あ、ラテで」
「お客さま、ラテはエスプレッソで抽出したものになりますがよろしいでしょうか。こちらのマンデリンはシングルオリジンの風味をお楽しみいただくためにラテメニューは提供しておりません」
「はあ、ラテならなんでも…」

やっと二人で席に着いた。ずっと笑っていた多佳子は妙に無表情になり、スマホをスクロールし始めた。なんかそわそわしてるように見える。おれから聞くのもどうかと思いながら「決まったの、結婚」と聞いた。
「うん、来月入籍」
「よかったじゃん」
「ありがとう」
ラテを飲んで、外を見た。
「友達の紹介とか?」
「ううん。仕事で知り合った、アメリカの人」
「日本人じゃないの?」
そこが一番びっくりした。でもすぐに付け加えた。
「外国の人も多いもんね。いいと思う」
いいもわるいも、おれが言うことじゃないし、余計に気まずい。
「結婚したらシアトルに行くか、悩んでる」と冗談ぽく多佳子は言った。でも冗談なのか、リアルに悩んでるのか、おれにはわからなかった。
「仕事、忙しいの?」
おれはキョーミなさそうにきいた。
「そこそこ忙しい。四月からうちの部署2人少ない状態で、私がサブリーダーのポジションなんだよね。1人は去年から育休をとっている男性で、もう1人はこの間産休に入ったんだけど、人事も新しい人を入れるのが難しいらしくて、ご時世だよね。人手不足だし」
「育休って、給料出るの?」
「出るよ。一年間はフルで出る。そのあとは6割になったり、社保はふつうにつくかな?」
「すげーな」
おれには想像がつかない。境遇がぜんぜんちがうことに気づいた多佳子は、内心あせったみたいで故郷のことに話題を変えた。
「地元の友達と会ったりする?」
「ああ、会うよ。飲んだり、だべったり」
「みんな元気?」
「元気だよ。おれみたいに実家を手伝うやつもいるし、家買った友達もいてさ。庭でいっしょに子どもみたりしてる」
「そっか」
「式は日本で挙げるの?」
「うん、日本でする予定」
「へえ」
今の多佳子の結婚式に、小中学校時代の仲間が集まるところは想像しづらかった。でも、おれみたいな地元の友達にも話しておきたかったんだろうと思った。

スカイボトルコーヒーには1時間もいなかった。おれたちはもと来た道を引き返して駅で別れた。
「じゃ、元気で」
「お互いね」
多佳子がJRの改札を抜けるのを見送って、ビルの外に出た。曇りのない青空で、「夏だな」とつぶやいた。サングラスを忘れたのでまぶしかった。


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