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【詩】テアトル・エテルニタス

永遠の劇場。テアトル・エテルニタス
(ラテン語で正確には、「テアトルム・エテルヌム」だと思う)
テアトルムやシアターは「劇場」を意味する言葉だ
日本語でもテアトルと言う

さて、古代ギリシアの悲劇、喜劇以来
ヨーロッパでは演劇の伝統が続いてきた
それは、日本でも大正期にしっかりと輸入されて
根づいていく

演劇になんの意味があるだろう?
ネトフリで映画は見放題、
ドラマもアニメもいくらでもある
どうして劇場に出かける必要がある。

君は一人で観るのか
演劇を──スクリーンで?
だが演劇は共有されたものだ
みんなで一つの舞台を囲むものだ

テアトル・エテルニタス

もし、一人ひとりが
一つ一つの世界に
閉じこもるのだとしたら
世界という言葉は意味をなさない

この世界は、「この世界」と私たちが言う時
なにもかも、すべてのひとを含むから
一つの世界として
無限である。それが世界だ

その世界に立っている私たちは
ときに孤独を感じ、一人で風に吹かれていると
思うから、劇場に集まった
舞台は一人ではできない

シェイクスピアは言った
「人生は芝居、世界は劇場だ」と
「世界劇場」と中世の人も言ったものだ
そして、芝居は儚い

私たちはみな、一つの役を持っている
儚いと思うだろうか。無意味だろうか
だが、一人ひとりの人生に物語がある
それらの物語を合わせて、舞台が出来上がる

この役を演じるのだ
他の役者たちと息を合わせて
人生という芝居がハネても
世界は続く

あなたの役を演じ切るのだ
出番はやがてなくなる
芝居も幕を下ろす
それでも人間の世界劇場は終わらない

永遠の劇場があるのだろう

一つの役が務められ
一つの演目が完成し
多くの人が分かち合い
みんなで舞台を作り上げた

一人ひとりの名前が忘れられ
観衆も姿を消して
演目の名前が残る
それは歴史になった

主役も端役もない
公演の日程も知らない
すべての名前が消える時
永遠の劇場があらわれる

いつだって君はそこにいるのだ
今も



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