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【詩】くじらびと

ドキュメンタリー映画『くじらびと』を観て詠んだ詩。🐳

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インドネシアの島々
火山灰質の土壌で
作物の育たないある村は
くじら漁で生活する

昔ながらの木組みの舟
かい
もり打ちは舳先へさきに立ち
マッコウクジラを求めて太平洋を行く

ひと月鯨に出会わない時もある
年に何頭かのマッコウクジラが獲れれば
その全部を生活に利用して生きていける

舟はテナと呼ばれる
テナには神様が宿っているとされ
舟大工たちはお頭の指示で作る
設計図も鉄定規もなく、鉄の釘は打たない

舟がクジラを見つけると
呼吸を合わせた格闘が始まる
競技のような、遊戯のような
男たちは命を懸ける

銛打ちは村で作った銛を構え
倒れ込むように鯨に向かって打ち込む
その時、鯨の頭や眼はけっして見ないようにするそうだ
銛打ちが見事に生還し
舟が鯨の尾っぽの一撃で沈まなければ
マッコウクジラを浜まで引いて帰れるだろう

子どもたちはいつも海辺で遊ぶ
クジラの解体を手伝い
脳油を運び、はしゃぎ回る

古老たちはそれを見守り
過去の栄光を背中に輝かせ
伝説を担って生きている

漁で亡くなる者もいる
禁忌を破ってはならない、
家族は、仲良くしなければならない、
みんな、死があれば深く悼む

青い、青い太平洋も
朝霧がかかると
深い水たまりのようにもやに包まれる
命はクジラの形をして神に歌っている

私たちはずっと命を交換し合って生きている



*『くじらびと』は日本人のカメラマンが、30年間インドネシアの島に通い、取材・撮影してできた映画です。「死ぬ時に眼を閉じる「魚」は鯨だけだ」という言葉の朗読によって、始まります。マッコウクジラの眼も、海も神秘的です。村人たちには気取ることのない野生があります。

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