見出し画像

ガダルカナル

noteを読むことが毎日の日課になっている。

サラリーマンの当時を振り返るとありえない日課だ。

サラリーマン時代、

朝起きる→一旦会社に行くのが嫌になる→ギリギリまで寝る→余裕がなくなる→忘れ物をする→電車を1本乗り遅れそうになる→駅まで走る→汗をかく→座れない電車に乗る→疲れる→始業→着くなり即開始

毎日こんなだった。悪循環

仕事が好きと思っていた。何かわからない達成感を得ていたつもりだった。

今考えると毎日何をしていたのだろうかと思う。

会社のエレベーターに乗ったら、スイッチを入れる。

どんなことがあっても、明るく振る舞おうと思っていた。

ある人に「バカって思われてた方が良いよ」と言われて確かにそうかなと思って以来、どちらかと言うとムードメーカー的役割をこなしていることが多かった。

周りもなんとなくそんな私を受け入れてくれているように見えていた。

上司だった人のことを同僚がどうしても信頼できないといつも言っていた。

そんな同僚に同調し、その場をうまく乗り切る。

それが全てだった。

どの局面においても、その場をうまく乗り切ることばっかり考えていた。

身ぐるみを剥がされるときはいつかくる。そう思いながらも、その場を乗り切ることに徹底的にこだわった。

でも誰も言ってこなかっただけで、身ぐるみは剥がれていた。(後から聞いた話)

自分を隠そうとすればするほど、自分が変化していく。そして自分が自分でなくなってくる。

今こうして書いていることもサラリーマンをしていればなかっただろう。

毎日その場をうまく乗り切ることばかり考えていたせいで、自分を見失っていたと思う。

私にとっては、サラリーマンを辞めたことがガダルカナルだったのかもしれない。

毎日、なんとか頑張っている人。

頑張らない時もあって良いと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?