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着ぐるみの事情              ⑨ハイエース

初めてのショーの初めてのセリフ「オーッホッホッホッホ!」を何度も何度も頭の中でくりかえし、左手を腰に当て右手を口元に持ってくるしぐさを練習をした。みんなで練習する時はいくら下手くそでも私のシーンばかりをやってもらえる訳ではない。まずは流れを止めないように、登場からしくじらないように、「オーッホッホッホッホ!」の演技が最重要だった。

本番の前日、夜9時頃に練習を終えた。明日の朝一番のフェリーに間に合うよう、淡路島に行くメンバーは青春の事務所であるマンションの一室にそのまま泊まる。夜ご飯はコンビニに各自買いにいく。

大きなショーでは夜ご飯代も出るし泊りの手当ても出るが、青春にいた頃は出たことはなかった。泊まると言っても、布団はない。そもそもメンバーと司会のおねえさんとスタッフの計8人がいっぺんに寝るスペースもない。なので、きれいとは言えない寝袋を使う。いつもそうしているらしく、新人の私以外は誰も驚かない。私は「寝袋」というものをそこで初めて知った。部屋にはユニットバスがあるが、着替えに使うだけで誰もシャワーを浴びたりはしない。

楽しい夜が始まる。若者たちが集まるのだ。トランプをしたり、怖い話をしたりしてほとんど寝ない。そのうち演技論になるか、アニメの話になるのがお決まりなのだが、気が付けば私は寝ていた。

朝4時半頃、「このはさん、行くで!」とキリン先輩に起こされ、急いで寝袋を片付け、部屋を出た。マンション前の道路にハイエースが止まっていて、順番に乗り込む。いよいよ出発だ。運転するスタッフ、助手席に司会のおねえさん、キャストが3人ずつ2列で座る。

乗り方にもなんとなくルールがあり、司会のおねえさんはスタッフとの打ち合わせもあるので必ず助手席に座る。3人の真ん中に座るべきなのは新人なのである。真ん中の席は窓際に比べると、狭いし窮屈だ。先輩達は自ら真ん中にならないように頭を回転させてうまいこと乗り込むのだ。

当時の青春はかなりの体育会系で縦の関係が重視されていた。「気合と根性」も大事だった。私は中学校のソフトボール部で叩き込まれていたので、そつなく従順な後輩としての態度をすることができた。

後ろには見たことのないプラダンでできた白い大きな箱が置かれていた。「これが着ぐるみなのかな…。」心の中で思った。車が出発すると、ペンギン先輩がラジカセを取り出し、ショーのテープをかけた。各自、自分のセリフとタイミングを頭の中で復習する。

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