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着ぐるみの事情           ③練習初日

初めての練習の日が来た。私は遅れないようにきっちりと6時までに事務所に到着した。すでに小さな事務所の一室では先輩達がジャージ姿で狭そうに座っていて、男性がほとんどだった。社長に促され、私もさっそくトイレでジャージに着替え、「やる気あります!」という雰囲気をできるだけ醸し出し、次に何を言われるのかを待っていた。

「練習行こうか。」と名前も聞かれぬまま長身の男性の先輩に言われ、ついて行く。そこは事務所のあるマンションの1階のエレベーター前で、屋根があり少し広くなったポストの前のスペースに体育の授業で見るような薄汚れた白いマットが敷いてあった。その横では女性の先輩が数名、なにやら「美少女ムーン」のショーの練習をしていた。なぜわかったのかというと、ショーのカセットテープの音に合わせて演技していたからである。

「このはさん、何の練習?」といろいろな先輩から聞かれたが、「わかりません。」と答えた。すると、先輩達が話し合い今日のところはアクションの練習をさせるということに決まったようだった。週末のショーに出演することが決まっていれば、もちろんその演目の練習をするのだが、まだ未定だったり、誰が何のショーに出演するのか割り振りが決まっていなければ、とりあえずアクションの練習!という事務所だった。なんといっても「アクションチーム」なのだから…。

10人ぐらいの男性に混ざりマットの前に並ぶ。順番にでんぐり返りをするのだ。でんぐり返りのことを前転と言うのをそこで思い出した。そういえば体育で「前転」という本名を習った気がする。まあ、できた。だが先輩達と違うのは、スピードと終わった後にスッと立つことができるかどうかだ。かっこいいでんぐり返りが存在することをその時初めて知ったが、それはできなかった。次は後転だ。やるたびに後ろでくくった髪の毛が乱れるが、まあできる。でもどんくさい。

その次は重要な受け身だ。やったことはなかったので教えてもらう。まずは受け身ができなければアクションショーに出演できないとのことで、地面への手のつき方からゆっくり教えてもらう。全然理解できない自分に焦るが恥ずかしくてもやるしかない。

その次は側転だ。何をどうするのかは知っている。でも本格的にしたことはなかった。見様見真似でやってる感だけを出す。下手くそもいいとこだ。でも先輩達は何も言わない。         

次は逆立ちのまま歩く。逆立ちは足を持ってもらわないとできない。たまりかねて「できません」と言うと先輩が足を持ってくれた。そのまま歩けと言われたがつっぱっている腕を片方前に出すなんて無理だった。                        

最後はフリーで1人10本程得意な技をする。バク転だったりロンダートだったり、プロレス技だったりをみんなで今のはああだこうだと言い合いながら繰り広げる。私は何もできないので、ひたすら教えてもらった受け身の練習で時間をつぶす。

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