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着ぐるみの事情              ⑩あやしい名前

ショーテープを何度か回し、「この時は私が先に出るわ。」とか「ペンギン君、舞台降りる?」などとさらに良くなるようにみんなで細かい打ち合わせをしながら車は進み、神戸港に着いた。フェリーに乗り海を渡る。楽しい旅公演だが、私だけはキャラショーがどんなものか知らないままで今から始まる未知の世界に不安でいっぱいだった。

フェリーが淡路島に到着したら休憩する間もなく、車で移動してショッピングセンターへ向かう。ショッピングセンターに着くとすぐにハイエースの後ろに積んでいた白い大きな箱をみんなでおろし、まだ開店準備中のお店に裏口から入る。そこで働いているパートのおばちゃん達に「おはようございます。」と言いながら台車で会場まで運び込む。

勝手がわからない私は先輩達に急ぎ足でついていく。薄暗いバックヤードからキラキラとしたお店に出て曲がり角を2回程曲がる。ついに会場を視界にとらえた。

フローリングの特設ステージがある。その上手(かみて)にテントがある。ステージの前にはパンチカーペットが敷いてあり、その後ろにパイプイスが並んでいる。ステージの横には今日の「美少女ムーンショー」が派手に案内されたアクリル板が立ててある。それを見て、人前で演じるのだと急に確信した。

「テントに入れてぶつチェックー!」キリン先輩がみんなに言う。みんなは大きな箱から着ぐるみの頭や、タイツ、かわいらしい衣装、ブーツなどを取り出しては、「はい、これキリンさん。」「これはペンギン君。」と渡し合う。全てが色とりどりでワクワクする。まるでお姫様ごっこのようだ。

「このはさんはこれやわ。」渡されたのは美少女たちとは違い、いかにも悪だくみをしていそうな顔立ちの悪者の着ぐるみだった。ちょっとがっかりした。かわいくはない。美人でもない。でも近くで顔を見るとドキッとする。

「ぶつ、下に置いたらあかんで」急にペンギン先輩に言われた。「これ、他のチームも使うぶつやから。汚したらあかん。」

「あ、あの、ぶつってどれですか?」「あぁ、ははは!着ぐるみって言わへんねん。ぶつって言うねん。」ペンギン先輩が笑うと他の先輩たちも「あやしいやろー。」と一緒になって言ってきた。「ほんで顔は、面やで。」「ついでに仕事は現場って言うねん。」次々にあやしい業界用語を教えられた。「ぶつ」は麻薬みたいやし、「現場」って工事みたいやんと思った。

顔である面は、キャラクターの命だから絶対に直に床に置いてはいけないと教わった。置くときは生首のように立てて必ずぶつを包んであるビニールの上に置く。私は先輩たちの真似をしてテントの側面に女の悪者コーナーを作り、ペンギン先輩に聞きながら衣装の確認をした。



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