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着ぐるみの事情           ⑤もっとキック

左殴りは右利きの私にとってさらに難しくなった。殴るどころではない。順番通りにグーにした手を出すことしかできない。その上かまえの腕も反対になる。もうわちゃわちゃパニックである。

左殴りもわからないまま10回終えると、次は「フック」だ。かっこ悪くてもただ単に真似するだけなら簡単な部類に入るだろう。でも気を抜くと「やった後のかまえ!」と言われる。これも右は理解できるが左は初めての動きに腕と頭がついていかない。

その次は「受け」だ。腕を大きく動かし、敵の攻撃を防ぐ。動かす方の腕はわかった。動かさない方の手のやり場に困る。グーにするのかパーにするのか…きょろきょろ先輩を見て真似している間に「ニ!」の号令が聞こえる。 受けは外受け、内受け、上段、下段など種類が多く一度に覚えられない。

受けの続きで「払い」もある。どこから腕を回せば左に体重移動できるのか考えれば考えるほどわからなくなる。先輩達よりワンテンポ遅れて腕を回す。「どうかできていない私を誰も指摘しませんように…」と願いながら真似をする。

上半身のかっこいい動きがひとしきり終わると、下半身のかっこいい動きにどんどん進む。

次は「前蹴り」だ。なんとなく殴るよりも簡単そう…と思ったが蹴りのほうがかっこ悪さが際立つ。ももを腰の高さまで上げ、膝から先をパンッと出す。その時膝から先がまっすぐになった状態で止まれと言われる。止めるためには腰をひねる。腰をひねって止まっている時は無防備ではいけない。そう、「かまえ」ておかなければならない。

右の前蹴り、左の前蹴りで終わりかと思いきや、右の回し蹴り、左の回し蹴りまである。回し蹴りは全然できない。それまでも何一つできていないが、もっと全然できない。片足でフラフラする。下の方しか蹴れない。こうなると今度は「かまえ」しかできなくなる。

バランスのとれない足刀(横蹴り)を勢いだけで乗り切り、ようやくのラストは「飛び二段蹴り」である。どっちの足で踏みだせば右で蹴れるのかがわからない。わからないことだらけだ。これも「かまえ」でごまかすしかない。

これまでのほとんどの技の基本は、空手の技だと聞いたが、アクションショーでは、アクションショー用にデフォルメされた大げさでわかりやすい動作をする。そのため、空手だけでなく、体操、ボクシング、プロレスなどいろいろな技をごちゃまぜにして使うのでそれらに精通している人なら理解しやすいだろうし、得意かもしれない。私はこれまで何の知識も興味もなく生きてきたので全てが初耳だった。

すったもんだで円になっての基本練習は終わった。その後先輩達は二人一組になり、立ち回りをつけて派手に戦いをしていたが、私は今の基本練習の右殴りからもういちどマンツーマンでイチから教えてもらった。右殴りひとつにしても、殴られ役がいてくれると殴りやすい。もちろん先輩は殴られるのも上手で自分が急に上手くなったようだった。

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