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着ぐるみの事情 ⑧赤毛の美少女
先輩を見ながらラジカセ係をしていると、ふいに「このはさん、出て」と言われた。女の悪者の登場シーンになっていた。
自分の番が来たら初めてだろうが、覚えていなかろうが、何とかして動く。この時点でセリフにはぴったり合っていなくても怒られはしない。とりあえず!進めていくのだ。その繰り返しでみんなでショー全体の流れを把握し、最終的にセリフも出番順も覚え、テープのセリフにぴったり合うようにする。
私は棒立ちになった。何とかしても動けないのだ。うろうろした。みんなが私を見つめて「演技して」とか「歩いて」とかアドバイスをくれるが敵が歩く時ってどんなん?とか、「オーッホッホッホッホ!」なんか言ったことないしとか、真面目くさって考えてしまった。
何もできないままひとしきり出番が終わると、私は泣きそうになった。胸が詰まった。そもそも恥ずかしいし、こんなに難しいものなのかと思った。演技が全く思い浮かばない…。見かねた男性の先輩が私を端に呼び寄せ、「真似してや」と言い、セリフを言いながら動きを全部つけてくれた。
それを見ていた周囲の先輩達は「さすがペンギン君やな!」と褒めていた。ペンギン先輩の役は「美少女赤毛」だったのだ。「赤毛」の中に男性が入るとは…!!しかも、ペンギン先輩が赤毛に入るのは定番らしく、女性らしさとかわいらしさはすばらしいものだった。それでいて、正義のヒロインという力強さも表現できていた。
中が男性やとはお客さんは絶対に思わへんやろうな…!ペンギン先輩の赤毛の演技に私は圧倒された。ペンギン先輩はその日の練習中、隙間を見つけては、つきっきりで演技指導してくれた。ペンギン先輩が悪者になりきって教えてくれると、私も恥ずかしがっている場合ちゃうなと思えた。
その日の練習が終わり、もう一日この班で練習する日を打ち合わせをしてパインと一緒に帰った。パインも同じショー台本で、役は男の悪者だと聞いた。「着ぐるみっていつ見れんのか知ってる?」と聞くと、「私もよく知らんねんけど、当日車に積んでいくみたいやで。」と、いとこのお姉さんから聞いたという情報を教えてくれた。「え?どっから持ってくるん?」と聞くと「さあ、わからん…。」と言った。それは知らないみたいだった。
次の日の午後、私はまだ平日のバイトを探せておらず、家にいた。家の黒電話が鳴り私が出ると、青春の社長からだった。「泊りの仕事の事をお母さんに話すから代わってくれるか?」と言われ、母に代わった。未成年だった私を気遣って電話してくれたようだった。初めての仕事先が淡路島で前日の夜に事務所に集合するということと、今後も泊りの仕事はありうることを伝えてくれた。私ももちろん母には話していたし、母も別に反対することもなく「へー楽しそうやん。」と言っていたので何も問題はなかった。
社長の気遣いに私はますます、思い切ってやろう!と思った。
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