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舞台に立つということ

私は昔からずっと「あること」に苦しまされてきた。
それは、どんなに練習を重ねても、どんなに音楽的に仕上げても、何回かに1回、舞台で思いもよらぬ大失敗をしてしまうことだ。

そのせいで、本来は人前で弾くことが大好きだったはずなのに、人前で弾くことが怖くなってしまった。
失敗してはいけない、と自分を言い聞かせてしまい、余計に体が固くなって表現が乏しくなってしまう。

でも、いつも失敗するわけではなく、
上手くいく時は自分でも驚くほどにいい演奏ができ、全国大会上位入賞や優勝という素晴らしい結果が付いてくることも結構ある。

「失敗しなかったら上位入賞してたのに」、「失敗する前までの演奏はとても良かったのに」……何度もこの台詞は聞いてきた。

インターネットで検索をかけてみても、「暗譜をきっちりする方法」ばかりがヒットする。暗譜が出来ていないわけではないし、なんだかしっくりこない結果ばかり。

周りの人に聞き、ありとあらゆることを片っ端から試してみても、結局失敗する。


先日、自分が「賭けていた」全国大会があった。
優勝を狙っていたし、先生にも期待されていた。
しかも、何度も舞台を踏んだ曲で、自信を持って挑んだ舞台だった。
しかし、ここでも舞台で取り返しのつかない大失敗をしてしまい、結果は入賞すらしなかった。

それはあまりにショックが大きく、ピアノ自体本気でやめてしまいたくなった。
泣きながら、逃げるように新幹線で帰ったあの日は一生忘れられないだろう。おいしいはずの駅弁も砂のような味がした。

そしてより一層、舞台に立つのが怖くなった。

自分は舞台に向いていないんじゃないか?
音大受験なんてこんなんじゃ話にならない。
勉強しなくてもいい職業を探して、音楽の道を諦めた方がいいんじゃないか?1週間、ずっとこの考えが頭から離れなかった。

それでも、ピアノを弾いた。弾き続けた。
心はボロボロ、涙は溢れ続け、
自分が奏でていた音は死んでいただろうと思う。
ただやみくもに指を動かしていただけ。
それでも鍵盤から指を離すことがなかった。

─ピアノから離れたくても離れられない何かがあった。


しばらく経って、少しずつ立ち直りはじめ、いつも通りの気持ちでピアノに向かえるようになった。
それでも、あの舞台のことはずっと気がかりに思っていた。

いつの間にか、大学教授のレッスンの日になっていた。

私が人前で練習通りに堂々と弾けるようになるためにはどうすれば良いのか。
そして、何故舞台に立った途端私が私じゃなくなるのか。
それらのことでずっと悩み続けていること。


微かな希望を信じて、先生に全て打ち明けた。

先生はそんな私をにっこりと見て、思わぬことを仰った。

「分かってたわ。あなたは私とおんなじなのよ。」

驚きで声が出ない。
まさか、世界に認められたピアニストも同じ悩みを持っていたなんて……

先生は続けて仰った。
「10舞台があったら最低でも1は何らかの事故や失敗をしてしまう。たとえどんなに舞台を重ね、弾きこんだ曲でもね。だから、上手くいった時と上手くいかなかった時の差があまりにも激しい。
あなたはそのっ気がある人だということは、はじめてあなたの演奏を聴いた時から分かってたわよ。
あなたは心と指が強く繋がりすぎているの。稀なくらいにね。
その代わり、人一倍心に響く素晴らしい演奏が出来るの。
反対に、いつでもどんな時でもミスなんてほとんどせず、完璧に弾ける人もいる。そんな人が羨ましく思うことだってあるわ。
どっちがいいんでしょうね。
完璧に弾けても心に響かない演奏か、
完璧に弾けなくても心に響く演奏か。
私は心に響く演奏の方が好きだわ。」

あぁ。そうだったんだ。
私は、生まれつき「爆弾」を持っている代わりに、
人一倍心で音楽を奏でられる人だったんだ。

先生に尋ねた。
「これから、どう対処していけばいいですか」

先生は、私をじっと見つめ、
「そのような特質があることは、一生変えられないから長い時間をかけてでも受け入れていかないとだめ。
「ミスをしない練習」ではなく、「ミスを誤魔化かし、音楽を止めない練習」にシフトした方がいいわ。
これからの舞台で失敗や事故を起こしてしまっても、いつものアレがでちゃったわ、くらいで流しちゃえばいいの。自分を責めたりしないで。力や才能が無いわけでは無いのだから。」
と仰った。

私が探し続けてきた答えはこれだったんだ。

自分を悩ませてきた原因が分かった瞬間、
目の前が明るくなった。

私は舞台を思いっきり楽しんで良いんだ。
もう怖がらなくて良いんだ。


救われた気持ちになった。


私と同じような悩みを持っている舞台人は、日本にも、世界にも、たくさんいるだろう。

大丈夫です。私もあなたも、傷だらけになりながらも誰かを魅了してきました。

決して自分を責めないでください。
私もあなたも、「心を打たせられる音楽家」になりうる大きな可能性を秘めているのです。

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