会社退職の心意気と道すがら。
“会社だけが人生ではない”
そう思うようになったのは、50歳を直前に迎えた時だった。
突然、上司から会議室に呼ばれ、転勤を告げられた。それは私にとって人生の大いなるチャンスに聞こえた。なぜなら、転勤先の新天地で心機一転の退職を考えていたからだ。
そもそも、いつから私は俗に言われる“会社員”になってしまったのだろう?
もともと詩人にあこがれていた者が、全く収入のないフリーライターになり、アルバイトで食いつなぐ日々を送りながら、気がつけば広告業界に足を踏み入れ、だましだましのハッタリで様々な局面を乗り越え、30代後半にしてそれなりの会社に就職できたこと自体、不思議なことに思える。
さらに言えば、『24時間働けますか』という広告を冷淡に見ていた人間が、一時期は営業成績トップの常連になったことも皮肉だ。
深夜残業や土日のイベント立ち会いは当然だった日々を過ごし、あまりに不条理なクライアント命令に対応するために、月曜日の朝に出勤し、木曜日の朝に退社するという日々もあったほどだ。
血尿を出しながらの徹夜自慢や、毎日60〜90本の無駄な喫煙、業務が早く終わった深夜3時に飲みに繰り出すという習慣は、専ら高度経済成長のモーレツ社員の意識と変わらなかった。
その点だけは、○通の社員でもないのに、鬼十則を忠実に遂行していたかもしれない。
当然のことながら体を蝕んでいったのだが。
まずは40代前半にして肺気腫という診断が下され、そして、クライアントからの尋常ではない命令の対応は睡眠障害をもたらした。
その混迷はアルコールを深めていく。
さらに、大きな売上消滅、新規の大型案件獲得、それに追い打ちをかける人員削減は、
不眠を超えてうつ病という診断が下された。
その時は、ある地方のオフィスで私1名の営業体制であった。
うつ病を理由に会社を休むということは、当時得体のしれない恐怖を覚えていた。
営業の増員は絶対にするから現状を乗り切れ、というのが会社の司令があった。
一方で、増員する営業は自分でリクルートせよ、というのも会社の司令であった。
当時の怒りは忘れることはできない。
だが、自分が真面目すぎたということも大いに反省した。
その時点で、後先考えずに退職するタイミングだったと、今振り返るとつくづく痛感した。
俗に不惑の40代というが、私の40代は混迷という言葉しか思いつかない。
売上・利益が急角度で上昇しても、給料はなだらかな勾配を辿るほかなく、途轍もない業績を残した年度でも、マイナス査定を下された時は企業組織という伏魔殿に不信感しかなかった。
相対的な人事査定、給料の不均衡是正のための傾斜配分、可愛い部下への恩着せがましい配慮。そこに禍々しいものが集積しているとわかってはいても。
元来、いかにして働かないで生きていこうかと考えていた人間なのに、売上・利益至上主義に邁進し、その禍根として病気と不透明な査定に一喜一憂している自分に深い悲しみを覚えた。
そして、私は私を哀れんだ。
と同時に、私は私を終わらせまい、と心に誓ったのだ。
50代に差し掛かると体力の衰退を紛れもなく実感するようになった。
ランニングや筋トレで鍛えていた体も節々が痛みはじめ、言わずもがな、目は近場の小さな文字をかすめた。
老眼は、決定的な業務効率の悪化を招く。
見えない文字を読み込むために、眼鏡の着脱を繰り返す。
若手にすれば、よくある老人の光景に見えているかもしれない。
しかし、現場の業務を動かすことは老眼の者にとっては苦痛の何ほどでもなく、
それを容易くこなす若手を見ては、自分が若手だった頃、老眼の先輩達をどこか小馬鹿にしていたことに気づき恥じた。
そして、2020年にコロナパンデミックが襲来した。
50代にとって、それは感染症との闘いと同時にデジタル対応との新たな闘いでもある。
それは想像以上に長い闘いになりそうな気がした。
すると2021年春、新たな病魔が私を襲った。
肺気胸と動脈硬化であった。
結局のところ手術によって快癒に向かっているのだが、原因は煙草だと2名の医者に断言された。もう十数年前に禁煙ならぬ断煙をしたというのに…
入院している間、私の不安は膨張し続けた。
私は私を哀れんだあの日、
私は私を終わらせまい、と心に誓ったあの日。
そんなあの日の心境と誓いが病棟の廊下の奥で消毒液で消されていくという思い。
病気は会社員に繋ぎ止めようとしていた。
病気によって働けなくなってしまえば、たしかに万事休すだ。
でも、本当にその考え方でいいのだろうか?
さらに言えば、この病気を機に会社員を脱し、
残りの人生の船出を考えるべきなのではなかろうか?
会社にとって病気をした会社員は、悪く言えば不良品でもう市場価値はないに等しいのだ。
私は心に誓ったのだ。
私は私を終わらせまい、と。
まずはマインドセットが大切だ。
コロナパンデミック、少子高齢化、休業や自粛要請による税負担。
日本にはリスクしかない。
会社に残っていてもリスク。
会社を飛び出してもリスク。
いずれにしてもリスクならば、私は自分というリスクに飛び乗ろう。
そう、会社だけが舟ではない。
海図もなければ羅針盤もない。
自分という舟に乗って、残りの人生の旅に出る準備を始めよう。
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