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【人生最期の食事を求めて】名古屋の繁華街に漂う路地裏焼鳥店の哀愁。

“脱予定調和”
それは、私の半生において一つの貴重な、しかし揺るぎのないメルクマールである。

私の生き方は、本来的に上昇志向など皆無で、
“好きなこと=水平に生きること=横軸展開の生き方”
をするはずだった。
が、現実は容赦せずその水平展開の生き方を打ち砕き、否応もなく組織に身を置くことを強いた。
そうして会社員として振る舞ううちにいつしか
“嫌でもやること=上に向かって生きること=縦軸展開の生き方”
に支配されていった。

私自身の縦軸展開の生き方という幻想と呪縛から解放された時、再び水平に生きることを求めて会社を辞めた段階、すなわち仕事の大小や給料の良し悪しを捨て、面白さ、興味、好奇心に導かれる生き方、いわば縦揺れではなく横揺れの思考へのグレートリセット、つまり人生の予定調和を捨てたのだ。

小松空港からセントレア中部国際空港への緊急着陸も、旅を通じて得た“脱予定調和”の出来事であり、選択の連続が運命を作るのだ、と私は心の中で確信し続けている。

夕刻前にホテルに戻り、歩き疲れた体を椅子に預けながら気になる店に手当り次第に電話するという作戦だった。
すると1軒、「1時間30分という制限がありますが」と応えた店にすぐさま予約した。

栄といえば言わずと知れた繁華街である。
華美なネオンや看板が夕暮れの空を染め、騒々しいほどの淫靡な看板デザインが連なっている。
栄の奥処へと足を進めると、数軒の飲食店が連なる路地裏に行き着いた。
名古屋にも渋みを増す路地裏が存在することに思わず感心した。

つるこう

目指した店はまだ暖簾を掲げていなかったが、名前を告げると店内の最も奥のカウンター席に案内された。
スタッフは男性ばかりで一様に髪を染め上げていて若々しい。

まずはビールを頼み、メニューを確かめた。
なにせ、何を食べたいかではなく店自体が営業しているかどうかが優先だったのだから。
お通しの食べ放題キャベツを頬張りながら、「肝」(1本130円税別)、「いかだ」(1本130円税別)、「自家製つくね」(1本170円税別)をオーダーした。

お通し
肝(1本130円税別)
自家製つくね(1本170円税別)

1時間30分という時間制限を考慮すると、食べたいものはある程度早めに注文しておくことが常套手段だ。

次々と客が押し寄せる最中にも、「しいたけ」(1本170円税別)、「鶏ゆずこしょう」(1本140円税別)、「やきとり(み)」(1本130円税別)を追加した。

次々とカウンターに一連の串が置かれた。
そのどれもが無難な味わいというべきだろうか、当たりも外れももない及第点と言ってよく、予定調和そのもののような気がしてならなかった。
しいたけは少し味付けが濃い目で、思わずビールを追加した。
さらに一連の串物に終止符を打つべく、「白菜の浅漬」(330円税別)とハイボールを自分自身を落ち着かせた。

白菜の浅漬(330円)

あらためてメニュー表を見た。
その中に「自家製!鳥肝のプディング」(420円税別)というメニューを見つけた。
鳥肝のプディング?
想像もつかないことは注文すれば良いのだ。

それは、一見してまさしくプリンでチョコレートでもまぶしたような容姿をしていた。
バゲットにその一片を載せて口元に運ぶと、濃密な肝のペーストがバゲットの硬質と相俟って私の喉元を通り過ぎていった。

自家製!鳥肝のプディング(420円税別)

2023年は3ヶ月連続の痛風発作に悩まされた。
そして、このプディングは再びその脅威とあの激痛を想起させたのだ。
しかしながら、私の旅には常に尿酸値を下げる薬が共にある。
大丈夫、大丈夫と自分を説得させながら、鳥肝のペーストバゲットに載せては平らげることに終始するのだった。
ともあれ、鳥肝のプディングとは焼鳥屋にあっては脱予定調和である。
心の奥底で私は静かにほくそ笑んだ。

「おろそろお時間になりそうですが、ラストオーダーはどうします?」
若く大人しい男性スタッフにハイボールをお願いした。

そこに2人の若い女性客がコーナーの角の席に座った。
2人ともにこの店の雰囲気にふさわしくない華やかない服装で、そのうちの1人は名古屋巻きの髪型をした派手めの化粧をした女性だった。
そもそも名古屋巻きはまだ存在するのだろうか?
そんな疑問を覆い尽くすように強めの香水の匂いが漂ってきた。
飲食店を訪れる時の流儀に挑むようなその異臭は店内全体を覆うように広がっているというのに、名古屋巻きの女性客は滑舌の良い口調で友人と正月の買物について意見をまくし立てていた。

私の不快感は頂点に達しようとしていた。
会計を急いだ。
そんな中でも、
『香水は飲食店の迷惑です』
と昔注目された風邪薬のテレビCMを思い出した。

昼間の陽気が嘘のように、夜の栄はどことなく寒々しい。

帰り際に見えたプリンセス大通の眩しいほどのネオンが目に入った。
『栄のみなさん、今夜は…どうする?』という意味深いコピーを横目に、再び昔一世風靡したコピーを思い出した。
『24時間闘えますか?』
当時の社会背景の象徴的な広告コピーの力は凄まじい。
現代はだろう?

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