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【人生最期の食事を求めて】京都最古のラーメンと焼き飯の魅惑。

2024年1月4日(木)
新福菜館本店(京都府京都市下京区)

12時5分。
新幹線ひかりがJR名古屋駅から滑らかに出発した。
ひしめきと混濁の中から脱することができた。束の間の安堵だった。
すると、束の間の安堵が飛来するように空腹が訪れた。

心残りと言えば、立ち喰いそばならぬ“立ち喰いきしめん”だった。
それも、京都に到着すれば忘れることだろう。

乗車して約30分を過ぎると、低層建築と北の山々が連なる背景が車窓を横切る。
振り返ると昨年11月にも同じルートで訪れたばかりだった。

JR名古屋駅とは異なり、JR京都駅は相変わらずインバウンドで溢れ返り、東京のそれとは一線を画する独特のコスモポリタニズムを形にした殷賑とでも言えようか?
ヘレニズム時代のギリシアにおいて、ポリスの衰退とともに哲学者ゼノンやエピクロスが推し進めた思想を体現したかのようだ。

いつものように京都タワーを見上げながら国道24号線に抜けた。
烏丸方面に向かって北上すると、再び空腹に襲われた。
しかもその空腹は憤怒するかのように、私を激しく揺り動かした。

京都タワー

その時、私の体も思考も感情も、ありとあらゆるものを支配した。
京都ラーメンだった。
京都を訪れる度毎に、幾度となく挑んではその行列のあまりの長さに落胆と諦念を繰り返したラーメンだった。
時刻は13時30分を過ぎていた。
私は軛を返して京都駅方面へ戻り、ホテルやマンションが密集するエリアに足を運んだ。
一抹の不安と期待が入り交じる中で遠くに行列の成す人々の背中が見えた。
その人数は50人には達していないようである。
近づいていくと、どうやら「第一旭本店」は臨時休業で、行列の先端は「新福菜館本店」に研ぎすまれていた。

新福菜館本店

1938年(昭和13年)に創業した京都最古のラーメン店として知られ、その人気は今でも揺るぎなく、昼過ぎだというのに欧米の男女客も含め頭数を目算しても30人ほどは並んでいる。

私は意を決した。
牛歩のようにしか進まない隊列の中に没しながら、ただ静かにひたすら待つ。
時折、扉が開け放たれ食事を終えた客の背中を見ては、小さな希望の輝きが微光を放つかのような感覚を楽しんだ。

若い男性スタッフがしばしば店頭に現れた。
客の人数単位を確認するためである。

「お客様は何名ですか?」
と京都アクセントで尋ねてきた。
ひとりであることを伝えるとメニューを渡された。

約30分程の待機の後、ようやく店内に案内された。
昔ながらのラーメン店であること以外に強い印象はなかった。
スタッフは全員男性で、その誰も若く威勢の良さを発していた。

カウンター席の一番左奥に案内された。
行列での待機時から決めていた「竹入中華そばメンマ入り」(900円)と「焼き飯」(600円)を淀みなく口走り、水を口に含めた。

日本人客も外国人客もただ寡黙にラーメンを啜り、焼き飯を噛み締めている。
そして、厨房ではフライパンとガスコンロが擦れ合う音が轟き、若い威勢の良い男性スタッフが店内や右往左往し続けている。

焼き飯(600円)
竹入り中華そば(900円)

左の傍らから先行して焼き飯が置かれ、竹入中華そばメンマ入りが追随した。
半円形の焼き飯は、名古屋めしほどではないものの従来のそれよりも褐色に焼かれていて、醤油の薫りが馥郁と鼻腔の前を漂った。
竹入中華そばメンマ入りのスープは、さらに褐色を増した黒に近い。
そのスープにグラデーションを奏でるように大振りなメンマとチャーシューが横たわり、山盛りのネギが頂上を制覇したかのように鎮座している。
まずはチャーハンを象る半円の一角を取り崩し口内に運ぶ。
ある種の衝撃、……それは、誰しもが初めて食べるものへの予想を覆された際に訪れる、内蔵の未知のどよめきとでも言うべきだろうか?
醤油ダレの風味がチャーハンの既成概念を転覆したと言っても過言ではない。
そうして中華そばはと言えば、その外貌に反して癖はなく、マイルドなコクのあるスープに相俟って中太のストレート麺との類稀な抱擁を実現している。
まさに、これが京都最古の老舗ラーメンの実相なのだ、と私は止まらないスプーンと箸に戸惑いながら思った。
これならば、と私は残り少なくなった焼き飯と中華そばに愛おしさを抱きながら、大切に噛み砕き食べ切った。

後味もあの濃厚な外貌から想起させるくどさなど微塵もない。
2024年初のラーメン、そしてチャーハンがもたらした衝撃と感動は忘れまい。

14時30分を迎えようとしていた。
店先の行列はまだまだ途切れそうもない。
それを横目にして、私は午後の日ざかりの町家が連なる道を選び、うっすらと火照った体に京都の正月の風を送り込むようにゆっくりと歩を進めるのだった。……

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