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【夏の文庫フェア】【キュンタ】『月まで三キロ』伊与原新


悩みを抱える人々にそっと寄り添う、科学と日常が融合したストーリー。


夏の文庫フェアの作品、4冊目。今回は、新潮文庫の100冊より、『月まで三キロ』(伊与原新 著)を紹介したい。



人生が上手くいかないと感じているあなたへ


自殺を考えている男性が、タクシー運転手に「月まで三キロ」の場所へ案内される表題作。


異性との関係に悩む40歳目前の女性。進むべき道がわからなくなってしまった中学受験生。普通の存在である自分が嫌な、夢を諦め家業を継いだ男性。幼い頃に母親を亡くした女の子とその父親。研究者として厳しい道を進む女性。家族との関係に悩む山好きの主婦。


この本には、色々な人の日常が登場する。そこへ、静かに科学が融合していく。あなたが抱えているものは、登場人物たちと似ているかもしれないし、異なるかもしれないけれど、人生が上手くいかないと感じている皆にそっと寄り添ってくれる


「わからないこと」を探すこと


どのお話も良かったが、特に心に残ったのは、『アンモナイトの探し方』。成績は良いけれど、両親の別居や志望校の受験資格の変更に戸惑い、塾に行けなくなってしまった朋樹が、母親の実家がある北海道で、化石探しに挑戦する。


私も仕事などでどうしてよいかわからないことに直面しているせいか、博物館の元館長である戸川が朋樹に言う、「わかるための鍵は常に、わからないことの中にある」「うまくいくことだけを選んでいけるほど、物事は単純ではない」という言葉が印象に残った。


「わからないこと」をまずは探して、それと充分に向き合うことが重要なのだと改めて認識し、背中を押された気がした。


好きなものがある人は強い


本の帯にも記載のある、『エイリアンの食堂』のプレアさんの言葉も印象的だ。


素粒子の研究者で、なかなか常勤の職に就けない彼女は、小学1年生のときに買ってもらったルーペを持ち歩いているという。


これ(=ルーペ)さえあれば、わたしは、どこにいても大丈夫
ジャングルでも砂漠でも、工場のラインでもネオン街でも。このルーペをのぞけば、そこにわたしの本当の居場所が見える。これをもらった頃のわたしに戻れる。わたしがわたしでい続ける勇気をくれる


この本には、プレアさんに限らず、「好きなもの」「打ち込んでいること」が明確な人がたくさん登場する。好きなものがある人は強くて素敵だ。


私は特段これ、というものがあるわけではなく、仕事も何かを突き詰めるというよりバランス感覚が求められるものに就いているので、そんな彼らを羨ましく感じたが、好きなことである読書は大切にしていきたいと思う。


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