無声子音が後続するラテン語音節末Sのフランス語における変化について中高ドイツ語の作品『パルツィヴァール』の脚韻が情報を与えてくれる一例

はじめに

今回は、ある言語の通時的な変化に関して、当該言語以外が重要な情報を提供してくれる例について、フランス語とドイツ語を使ってお話ししたいと思います。具体的には題名通りです。

前提

さてフランス語を勉強した方は「accent circonflexe は s が消えた後を示している」というのを聞いたことがあると思います。以下の仏/英単語を対照すると分かりやすいですね;

arrêt :: arrest, bête :: beast, château :: castle, hôpital :: hospital, maître :: master

他にも大量にあります。

※実際のところは全てのアクサン・スィルコンフレクスが消えた s に由来するわけではありませんし、アクサン・テギュで表される場合もありますが、本題から外れますので、とりあえず「そういえばこういうのがあったなぁ」と思いながら読んでください。

さて本題

中高ドイツ語に『パルツィヴァール』という13世紀初頭の著名な作品がありますが、以下はその一部分の引用です;

sus reit si mit ir gaste
von der burc wol ein raste,
ein strâzen wît unde sleht,
für ein clârez fôreht.
der art des boume muosen sîn,
tämris unt prisîn.

Parzival, 601, 7-12.

sleht と fôreht が押韻していますね。語源的には前者は現代ドイツ語の schlecht (※意味は現代と異なります)で後者は現代フランス語の forêt (英語の forest)で(古)フランス語から借用された単語です。

これが押韻するということから fôreht が綴り通り /-eht/ と発音されていたことが分かります。

「森」は中世ラテン語では forestis 、古フランス語では forest などと綴られていました。ある一定の時点までは /-est-/ と発音されていたとしてよいでしょう。これが現在のフランス語では forêt /-ɛ/ となっているわけですが、パルツィヴァールに現れている fôreht /-eht/ はこのあいだの状態を反映していると考えます。その後にこの h が脱落して前の e が代償延長を起こして長母音になったのをアクサンで表している、ということなんですね。

s が h に変化するのは他の言語(ギリシア語や西日本方言など)でも観察される典型的な音変化(非口腔音化 debuccalization と呼ばれます)ですし、その後に h が脱落して前の母音に代償延長を起こすというのも典型的ですから、説得力の高い説明だと思います。

※ちなみに英語の forest は古い時期、もしくは上で述べた音変化を被っていない地域のフランス語が借用されたために /s/ 音が残っていると推論することができます。英語とその他の言語でのフランス借用語に /s/ の有無が見られる理由のひとつですね(例:英語 establish ドイツ語 etablieren スウェーデン語 etableraなど)。

まとめ

もちろん、実際には今回紹介したことだけではなく複数の証拠があって当該環境における音変化 s > h (とそれに続く h の脱落と代償延長)が推定されるわけですが、当該言語外から情報が得られるという流れが面白いと感じ、今回紹介しました。

参考文献

Parzival (Lachmannschen Ausgabe)

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