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面白い英単語③ ~ 異分析による語形変化 ~

はじめに

今回の nickname に関する話は有名なネタですのでご存じの方も多いかもしれません。現代ギリシャ語やスウェーデン語をはじめとする他言語での例、そして metanalysismeta-analysis の違いなどにも触れています。また過去の関連記事にも触れていますから、お時間のある方はぜひお付き合いください。

1 nickname の語源と異分析

1.1 nickname の語源

nickname という英単語は日本語でもカタカナ表記で外来語にもなっていますからご存じの方が多いでしょう。<あだ名> のことですね。歴史的には中英語 Middle English 期から neke name という形で文献に現れているようです。以下が初出の用例です。[1]

Neke name, or eke name, Agnomen.

Promptorium parvulorum sive clericorum (Albert Way編)

eke name とも綴ったことが分かりますね。これが本来的な形であって、an eke namea neke name と解釈され neke name が誕生したと考えます。

実際 eke という単語はスウェーデン語の och やドイツ語の auch に対応しており、「余分な名前」と考えれば意味的にも符合することが分かり、納得が行きますね。

これらの単語の語根は基本的なもので関係のある単語が数多く存在します;auktor, auktorisera, augusti, auktion, oktroj, öka, etc.。詳しくは下の記事をご覧ください。

1.2 逆の例

apron <エプロン> という単語ですが、これは逆に本来的には n- が語頭についていました。つまり、 a napronan apron と解釈されて apron が新生したという訳です。

1.3 異分析とは?

異分析 metanalysis という用語はデンマークの英語学者 Otto Jespersen によって造語された単語です。

I have ventured to coin the word ‘metanalysis’ for the phenomenon frequent in all languages that words or word-groups are by a new generation analyzed differently from the analysis of a former age.

O. Jespersen (1914), "A modern English grammar on historical principles". II. v. 141

つまり、単語や句の構成に関して本来の語構成とは異なる分析を行うことですね。

不定冠詞が後続する単語の語頭音によって a ⇔ an と形態を変えることが今回の nickname や apron の形態変化を起こした異分析の引き金になりました。an eke name と a neke name、 a napron と an apron のどちらの組も neke や apron という単語を許容すれば文法的な形だし同音になるからですね。

なお、 EBM (evidence based medicine) などで重要なメタアナリシス(こちらの方が有名かも?)はまた別の概念です。こちらは meta-analysis と綴ることもあります。

1.4 他の例

他にも数多くの例があります。たとえば for the nonce <当座は> の nonce は中英語で þen anes が þe nanes と異分析されたことによります(定冠詞も後続する単語の語頭音によって交替していました)。

2 現代ギリシャ語における例

ギリシャ語の定冠詞も英語の不定冠詞と同様に -n (-ν) の付いた形とついていない形が交替します: τον ⇔ το, την ⇔ τη。これによって同様の異分析を起こした単語に νοικοκύρης <主夫>, νοικοκυρά <主婦> があります。

τον οικοκύρης → το νοικοκύρης

την οικοκυρά → τη νοικοκυρά

冠詞による異分析は英語やギリシャ語だけでなくてフランス語アラビア語など多くの言語に例が存在します。詳しくは調べてみてください。

以下では冠詞と関係ない異分析を見ていきましょう。

3 スウェーデン語における例

スウェーデン語の二人称複数主格の人称代名詞 ni も異分析によるものです。私の記事でも何度か触れていますが、動詞の二人称複数語尾 -en が動詞が代名詞に前置されるときに異分析を起こしたのです;-en i > -e ni

古い(もしくは荘重な)文体では本来的な形態である i を見ることができます。 SAOB でも ni ではなく i で立項されています

同様に二人称複数主格の人称代名詞について、アイスランド語の þér やルクセンブルク語の dir などの語頭子音も動詞の屈折語尾に影響された異分析によるものです。二人称複数代名詞はドイツ語の ihr やスウェーデン語の古形 i から推測されるように語源的には母音から始まるわけですが、現代語だけを見ると様々な形を持っているように見えてしまうのはこのせいなのです。また、ドイツ語の方言やルクセンブルク語で現れる一人称複数主格の mir も同化(と異分析)を経た形です。

人称代名詞というのは相当基本的な単語ですが、それでも異分析により形を変えることがあることが分かります。なお標準ドイツ語の二人称単数語尾の -st の -t は後続する人称代名詞 du の名残であり、逆のケースになっています。

まとめ

・異分析はイェスペルセンによる概念。語(句)が本来とは違う構成に解釈されることによって生じる

・異分析は様々な言語・様々な形で見られる:通時的変化を取り上げたが、共時的にも起こる

参考文献

OED

英語語源辞典

SAOB

Ετυμολογικό Λεξικό της Νέας Ελληνικής Γλώσσα

などなど

前回記事・前々回記事もよろしければご覧ください。


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