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日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘ではない(full)

みなさんはじめまして、地図ねこです!

今回の記事では、「日本最大の砂丘」について調べてみました!!


突然ですがみなさんは、「日本最大の砂丘」がどこか知っていますか???


鳥取砂丘!」と答えた方、残念ながら不正解です!!!!

もっとも、性格の悪い(失礼)読者の皆様方は、「そうじゃないんだよね〜」とニヤニヤしていらっしゃるかもしれませんね…………


それでは、日本最大の砂丘が一体どこなのか、 Google 先生に聞いてみましょう!!!!!


Google 検索「砂丘 日本最大」結果(2023年1月21日)


なんと、鳥取砂丘の大きさは国内で二番目で、面積が日本一なのは青森県の猿ヶ森砂丘でした!!!!!!

さらに調べてみると、猿ヶ森砂丘の面積は約 15,000 ha で、鳥取砂丘の面積の約 27 倍もあるらしいんです!!!!!!!


ただ、こんなに面積の広い猿ヶ森砂丘ですが、その大部分が防衛装備庁下北試験場の敷地内となっており、一般人は立ち入れないようです。

一般的な知名度が低いのにも理由があったんですね!!!!!!!!


いかがでしたか?

今回は、日本最大の砂丘は鳥取砂丘ではなく猿ヶ森砂丘ですが、一般的にはあまり知られていないということがわかりました!!!!!!!!!

それではまた、どこかでお会いしましょう!!!!!!!!!!



……ん?

@geography_cznk氏のツイート(2023年1月21日閲覧)


……というわけで、茶番はここまで。

これ以降は、 10 年以上インターネットの「常識」とされてきた「日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘である」という雑学に対する、地形学を学ぶひねくれた大学生による、半ば自己満足的な反論の時間となります。

暇な方はどうぞ読んでやってください。


なお、本稿の内容は先日投稿した記事の内容をほぼそのまま結合したものにあたるため、既に一度読んだという方にとってはほぼまったく同じ話になります。

分割版を読みたいという方は、「日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘ではない(目次)」からどうぞ。




…………それでは、始めよう。

前提:「砂丘」とは何か?

日本人の「砂丘」に対するリテラシーは著しく低い。

「日本最大の砂丘は?」というような話題が大好きな割に、「じゃあ砂丘ってなに?」と問われれば、「あれでしょ?あの、砂漠のちっちゃいやつというか、砂浜のでかいやつというか……」といった、非常に要領を得ない答えしか返ってこない。

これではいくら「日本最大の砂丘は?」という問いに対する正確な答えを述べたところで、まるで意味がない。

そのため本稿では、すべての前提となる「砂丘とは何か?」という話から始めねばならない。


ただ、少々本題から外れた話ではあるので、時間に追われた現代社会を生きているという読者諸賢には、この部分についてはまるまる飛ばして、 「なぜ猿ヶ森砂丘は『日本最大』となったか?」の節へと進んでもらっても構わない。

砂丘とは「地形」である

さきゅう 砂丘 sand dune  砂を動かす強さの風によって形成された砂の高まりで、砂漠、海岸、河畔、湖畔、火山斜面などに形成される。

「地形の辞典」より

砂丘とは、例えるならば砂州や砂嘴などと同じ、地形の一種である。

砂丘が砂州や砂嘴と大きく違う点は、砂州や砂嘴が主に波浪によって形成される地形であるのに対し、砂丘はの作用によって形成される地形であるという点である。


では、いかにして風が砂丘を形成するのか。

一般に、砕屑物(礫、砂、泥など)の風による運搬形態には 2 種類がある。

浮流掃流である。

また、掃流の中でも、砕屑物は転動滑動、そして跳動などの運搬形態を示す。

そして、この運搬過程において砂丘は形成される。


風による砕屑物の運搬のイメージ

砕屑物がこれらの運搬形態のうちどの運搬形態を示すかは、その時の風の強さと砕屑物の粒径によって決まるのだが、以下では簡単のため砕屑物の粒径のみに着目して話を進める。


一般に、砕屑物の中でも最も運搬されやすいのは砂〜シルト(粒径の粗い泥)である。

その中でも、主にシルトは粒径が細かいために、風を受けると浮流によって長い距離を運搬されることが多い。

これがいわゆるレス(風塵)であり、日本に毎春もたらされる黄砂(注1)や、関東周辺に厚く堆積する関東ローム層(注2)がレスの代表例として挙げられる。


一方で、はどのような挙動を示すのかといえば、風を受けると掃流によって運搬される。

さらに、砂の中でも粒径の粗いものは主に転動滑動細かいものは主に跳動によって運搬される。

これらの運搬形態が砂丘を形成するのだが、その中でも特に重要なのが跳動である。

つまり砂丘とは、跳動しやすい砕屑物=主に大量の細砂が存在する場所に発達する地形であると言うことができる。


  • 注1:粒径的には「砂」ではない、もっと細かいものが多いのだが……

  • 注2:富士山などの噴火によって直接もたらされた火山灰ではないことに留意。詳しくは火山学者の早川由紀夫先生のブログをご参照ください。


砂丘とは「砂漠」ではない

砂丘と砂漠はまったく別の概念である。
ただ、砂丘が大規模に発達する場所は主に砂漠(砂砂漠)周辺に限定される。


前の項でも述べた通り、砂丘の形成には大量の細砂が必要であるのだが、砂丘の形成に必要な条件はこれだけではない。

砂丘が形成されるには、その細砂が乾燥していて、植生に覆われていないなどの条件も重要である。

多くの湿潤地帯、特に日本などでは、この条件を満たしていないために大規模な砂丘が形成あるいは移動をしないことが多い。

これは、風の地形形成作用に対して、水の地形形成作用が卓越しているためと言うこともできる。

これを逆に考えると、水の地形形成作用が弱いところ、すなわち砂漠においては、風の地形形成作用が、水の地形形成作用に卓越するため、大規模な砂丘が形成されやすいと言うことができる。


なお、ここで留意しておくべき点としては、「乾燥していて、植生に覆われていない」というのはあくまで砂丘が形成されるための条件であり、一度形成された砂丘が砂丘であり続けるための条件ではないということだ。

繰り返すが、砂丘とは地形の一種である。

一度「砂丘」という地形が形成されてしまえば、草が生えようが、木が生えようが、畑になろうが、家が建とうが、砂丘は砂丘である。


砂丘とは「砂浜」ではない

砂丘と砂浜はまったく別の概念である。
ただ、砂漠でない土地においては、砂丘が形成される場所は主に砂浜周辺に限定される。


前の項では、砂丘が形成されるためには「大量の細砂が存在し、かつそれが乾燥していて、植生に覆われていない」という条件が必要だと書いた。

そして、「日本のような湿潤地帯においては、この条件を満たしていないために大規模な砂丘が形成されないことが多い」とも書いた。

それでは、日本にはまったく砂丘が存在しないのか?答えは No である。


前述の通り、日本のような湿潤地帯において卓越する地形形成要素は水である。

水も砕屑物を侵食し、運搬し、そして堆積させる。

このとき水は、「川」であったり、「波(注3)」であったりと様々な姿を見せる。

そして、このような営みの結果として、局地的に細砂が大量に堆積する場所が現れる。そのひとつが砂浜海岸である(注4)。

そして、海水準変動や、人為的な土砂流出などのイベントに伴い、「乾燥していて、植生に覆われていない」という条件が一時的にでも満たされたとき、砂丘が形成される。

このようにして砂浜海岸に形成される砂丘を海岸砂丘という。


日本における海岸砂丘は、特に日本海側においてよく発達する。

これは、冬季の北西季節風が砂丘の形成に大きく寄与しているからである。

実際に日本海側では、有名な鳥取砂丘だけでなく、新潟砂丘や庄内砂丘など、広めの海岸平野にはたいてい砂丘がある。

そして、たいてい飛砂を防ぐために植林が行われているか、砂丘地農業が行われている(注5)か、住宅地になっている(注6)。もちろんその他の土地利用も見られる(注7)。

ただ、前述の通り、土地利用のいかんに関わらず、これらはすべて地形としては砂丘である。

むしろ、裸地の状態を保っている鳥取砂丘の一部が日本の砂丘としては稀なのであり、これこそが鳥取砂丘が「日本一のスナバ」たる所以なのである。


  • 注3:あくまで物理現象としての「波」が伝達するのはその波動のみでありその媒質(ここでは水)ではないのだが、海や湖などの場合、「砕破帯」と呼ばれる一定以上の浅瀬においては波高が高くなりすぎるために波が崩れ、波が水を輸送するという現象が起こる。そして、海岸線に対して斜めに入射する砕波によって、海岸線と並行な正味の水の流れが引き起こされる。これが沿岸流である。これだけではなんのこっちゃわからんという人が多いと思うので、詳しくは「沿岸漂砂」とかでググっていただきたい。ちなみに、日本語の文献ではよく砂州の形成の話なんかで「波と沿岸流によって」とか書かれることがあるが、前述の通り沿岸流を引き起こすのは波なので、あんまりいい書き方ではないんじゃないのと筆者は思っている。可能であれば、英語版 Wikipedia なども参照してみてほしい。

  • 注4:河川の作用によって大量の細砂が堆積する場所もある。大河川沿いの自然堤防である。日本においては、太平洋側・フィリピン海側の大河川の流域の自然堤防上に「河畔砂丘」と呼ばれる砂丘が形成されることがあるが、ここで河畔砂丘について書き始めるとあまりに長くなってしまうために割愛。いつかまた別記事で書きたい。

  • 注5:メロンとか育てられがち。

  • 注6:筆者は新潟を「坂の街」と呼んでいるらしい。

  • 注7:ちなみに、鳥取砂丘コナン空港は砂丘を切り崩して作られているため、なんとも皮肉なネーミングとなっている。あと、湖山池の北岸にあるため滋賀県民的感覚からすれば「湖北」であり、「湖南」ではない。失敬。


なぜ猿ヶ森砂丘は「日本最大」となったか?

さて、ここからが本稿の本論、猿ヶ森砂丘についての話となる。

まずはこの砂丘がどのような砂丘であるか、そしていかにして不釣り合いな名誉を一方的に与えられるに至ったのか、そんなことについて確認していきたい。

猿ヶ森砂丘とはどのような砂丘か?

以下に猿ヶ森砂丘のある下北半島太平洋側の地形図を示す。

地形図①:猿ヶ森砂丘周辺(地理院地図により作成)

丸で囲われている辺りが猿ヶ森砂丘である。

後背にある山地との境界が分かりにくいのは、猿ヶ森砂丘が山地に砂が吹き寄せられて形成された砂丘だからである。

この「どこからが砂丘かが分かりづらく、また明確な頂点も持たない」という猿ヶ森砂丘の特徴が、後々まで後を引く問題となるのだが、まずはそのまま話を進める。


猿ヶ森砂丘は普通に考えれば「日本最大」とはならない

ところで、前節では、「日本における海岸砂丘は、特に日本海側においてよく発達する」と書いた。

猿ヶ森砂丘は太平洋側の砂丘である。

実は、同じ青森県内の日本海側、津軽半島においても、屏風山砂丘という砂丘が見られる。

以下に、屏風山砂丘のある津軽半島日本海側の地形図を示す。

地形図②:屏風山砂丘周辺(地理院地図により作成)

丸で囲われている辺りが屏風山砂丘である。

一転してこちらはかなり南北に伸びる丘状の地形が分かりやすい。

より細かく見ると、砂丘列は東西に(=卓越風と並行に)伸びているのがわかるが、これは縦列砂丘といって、屏風山砂丘が幅の広い砂丘であるために見られる、日本では他に類を見ない地形である(注8)。


さて、なぜここで突然屏風山砂丘の話を始めたか。

実は、地形図①と②は、縮尺がまったく同じである。

猿ヶ森砂丘と屏風山砂丘、どちらの砂丘の方が大きいだろうか?

一見しただけでも、その答えは明らかではないだろうか?


ただ視覚に訴えるのみでは説得力に欠けるため、具体的な数字を用いることにしよう。

猿ヶ森砂丘は長さ約 17 km 、幅約 2 km とされることが多い(注9)。

一方で屏風山砂丘は、長さ約 30 km 、幅約 4 km とする文献が存在する(注10)。

もちろんこれは最大値であるため、これによる面積の単純な比較はできないが、それでもどちらの砂丘の方が大きいという可能性が高いと考えられるだろうか?


また、日本で見られる大規模な砂丘は何もこの 2 つだけではない。

前節で例に挙げた新潟砂丘や庄内砂丘も、非常に大規模な砂丘である。

読者諸賢には、ぜひとも自分で地理院地図などを用いて規模を比較してみていただきたい(注11)。

少なくとも、「日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘である」という結論には至らないはずである(注12)。


  • 注8:さらに詳しく説明するならば、もともと横列であった砂丘が、植生によって固定されたのち部分的に破壊されたためにパラボラ状になり、さらに変形して縦列になった……と説明される。日本ではそもそもこういった二次元的な砂丘の変形ができるほどのまとまった広さを持つ砂地自体が稀である。

  • 注9:例えば下北ジオパークのページなど。

  • 注10:例えば日本の地形千景のページなど。

  • 注11:地理院地図のリンクはこちら

  • 注12:ちなみに、鳥取砂丘のことを「日本で2番目の大きさの砂丘」であったりとか、「観光可能な日本最大の砂丘」であったりとする記述がしばしば見られるが、これに関しては何の根拠もないデタラメである。面倒臭いのでここでは鳥取砂丘の具体的な「大きさ」についての議論はしないが、インターネット上にある「鳥取砂丘の面積」とは観光地化されている浜坂砂丘の一部のみの面積であることが多く、過小評価されている。ただ、本来砂丘地である鳥取空港のあたりまで面積を広く見積もったとしても、あくまで面積だけで比較するならば猿ヶ森砂丘よりも狭いようである。なお、「観光可能な」の文言については、おそらく猿ヶ森砂丘が一般人立ち入り禁止となっているのが念頭に置かれているものだと考えられるが、やろうと思えば屏風山砂丘とかだって観光は可能だし、なんなら筆者は新潟砂丘を観光したことがある(このページの最初の写真はその時に撮った写真)。敢えて書くとするなら「観光地化されている中では日本最大級の砂丘」とかにすべきではないだろうか。まあ客寄せのためには少々インパクト不足なのかもしれないが。


猿ヶ森砂丘を「日本最大」とする根拠

それでは、なぜ猿ヶ森砂丘は「日本最大の砂丘」と言われるようになったのか?

調べられる限りでは、おそらく 2000 年代中頃にとあるサイトで「東通村の海岸砂地面積は約 15,000 ha あり、その多くの面積を占めている猿ヶ森砂丘(を含む東通村太平洋岸の砂丘)が1かたまりの砂丘としては面積日本最大であると考えられる」と書かれたことが全ての発端であるようだ。

これ以外の「猿ヶ森砂丘の面積は約 1,5000 ha で〜」などと書かれているインターネット上の記事については、日本語版 Wikipedia の過去の版も含めて明確な根拠を確認することができなかった。

そのため、これ以降は「猿ヶ森砂丘が日本最大の砂丘である」とする根拠は東通村の海岸砂地面積が約 1,5000 ha であること、として話を進める。


ただ、前述のように猿ヶ森砂丘を長さ約 17 km 、幅約 2 km とするならば、面積を約 1,5000 ha = 150 km^2 であるとするのはあまりに過大評価である。

なぜ、このようなことが起こってしまったのか。そもそも、「海岸砂地」とはどこのことを指すのか。

次節では、そのようなことについて論を進めていきたい。


砂丘の規模を「海岸砂地面積」で比較するのは適切か?

前節の最後に、「『猿ヶ森砂丘が日本最大の砂丘である』とする根拠は東通村の海岸砂地面積が約 1,5000 ha であること」と書いた。

ただ、前節でも確認した通り、実際の猿ヶ森砂丘を見る限りでは、とてもそれほどの面積を持つ日本最大の砂丘であるようには見えない。

この不一致は、砂丘の規模の比較に「海岸砂地面積」を持ち出すことがそもそも不適切であるために発生したものだ、と言うことができる。

以下、砂丘の規模の比較に「海岸砂地面積」を持ち出すことが不適切である理由について述べる。


そもそも「面積」で比較するな

まずそもそも、砂丘の規模を「面積」で比較すること自体が不適切である。

2 つ前の節「前提:『砂丘』とは何か?」で筆者が何を書いたか、(そもそも読んでいない読者もいるかもしれないが)ここで思い出していただきたい。

砂丘とは地形である。砂漠でも砂浜でもない。

砂丘とは、丘状の地形である。

丘状の地形の規模を比較するのに、はたして「面積」は有効な指標だろうか?

例えるならば、「日本最大の山地はどこか?」という問いに、面積のみで答えることがはたして適切だろうか?


また、もうひとつ重要な点として、大きさを比較するにはまず定義が必要である

だが、どこからが砂丘で、どこからが砂丘でないのかということを定義するのは、非常に難しい

「前提:『砂丘』とは何か?」の節で筆者が何を書いたか、もう一度思い出していただきたい。

砂丘とは地形である。砂漠でも砂浜でもない。

砂丘とは、風によって形成される地形である。

ある砂地について、どこからが風によって堆積したもので、どこからが風によって堆積したものでないかを、明確に見分けることはできるだろうか?


事実、砂丘の「面積」を測った公式な統計は存在しないし、そのような統計を取る意義自体かなり薄い。

「日本最大の砂丘はどこか?」という問いに対して、砂丘の「面積」からアプローチするのは非常にナンセンスである。


砂丘と「海岸砂地」はイコールではない

さて、「日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘である」という言説は、「東通村の海岸砂地面積」をもとにしていることから、砂丘の定義に「海岸砂地」を用いているものと考えられる。

だが、砂丘の定義に「海岸砂地」を用いるのは不適切である。

くどいようだが、再び繰り返す。

砂丘とは地形である。砂漠でも砂浜でもない。

そして、「海岸砂地」でもない


そもそも「海岸砂地」とは、昭和 28 年に出された「海岸砂地地帯農業振興臨時措置法」によって定められた土地のことである。

その条文には、以下のような文言がある。

第二条 農林大臣は、海岸砂地地帯農業振興対策審議会の意見を聞いて、潮風又は潮流に因つてたい積された砂土におおわれているために、土砂の飛散又は移動がはなはだしいか又は農業生産力が著しく劣つている土地が集団的に存在する都道府県の区域の一部を海岸砂地地帯として指定する。

「海岸砂地地帯農業振興関連法規集」より

また、昭和28年に行われた第一回審議会では、海岸砂地地帯の指定基準について以下のような文言が見られる。

(1) 潮風又は潮流に因つてたい積された砂土におおわれている土地の連続集団する地域であつて、当該地域内における宅地、工業用地、交通要地、公園、基地、内陸水域、塩田、鉱泉地、雑用地、(魚干場、網干場、船揚場を除く。)等を除き、土性が概ね砂土に属する不毛地、(裸地の外、草地、魚干場、網干場、船揚場を含み、又これらの中に部分的に他の土性の下層土の露出する地を含む。)、林地及び耕地の合計面積が概ね 100 町歩以上存在し、且つ、 (2) の条件を充足すること。
(2) (1)に該当する地域内において、海岸防災林造成、(集団地概ね 10 町歩以上。)、開墾地(集団地概ね 10 町歩以上。)及び土地改良(集団地 20 町歩以上。)等の事業を必要とする面積が、合計して 50 町歩以上存在すること。

「海岸砂地地帯農業振興関連法規集」より

つまり、条文に「砂丘」とは一言も書かれておらず、そもそも「海岸砂地地帯」とは農業や防災の都合によって定められたものであり、着目しているのはあくまでその土地の土壌や土地利用であってすべての地形学的要素ではないのだ。


ただし、一応は成因に着目した「潮風又は潮流に因つてたい積された砂土」という文言があったり(注13)、「土砂の飛散又は移動がはなはだしい」土地にはふつう砂丘が形成される(注14)ものであったりと、「海岸砂地地帯」と「砂丘」は類似した概念であると考えることもできる。

また、この法律が施行されたあと海岸砂地地帯では、技術革新によって「砂丘地農業(注15)」と呼ばれる農業形態が盛んになり、農業の世界では「海岸砂地」と「砂丘地」がほぼ同義語として扱われるようになってしまった。

某サイトの記述も、このような事情によってなされたものと考えることができる。


ただ、何度も繰り返すが、砂丘とは地形である。

決して「海岸砂地」ではない。


  • 注13:ただこれは本来なされるべき「砂丘」の定義とは一致しない。

  • 注14:#1 で述べたような言い方をすれば、このような土地では砕屑物(土砂)の浮流(飛散)や掃流(移動)がはなはだしいのであり、つまり風の地形形成作用が水の地形形成作用に卓越している。

  • 注15:例えばメロン栽培とか。


「海岸砂地面積」という統計の持つ問題点

このように、砂丘の規模を比較するうえで「面積」を用いるのも「海岸砂地」を用いるのも不適切であるのだが、実は「海岸砂地面積」という統計もかなりいい加減なものである。


これについては、実際のデータをご覧いただくのが最も手っ取り早いであろう。

まずは、以下に日本における海岸砂地面積の都道府県別のシェアを示す。


「海岸砂地地帯資料要覧」より作成

何かおかしいことに気が付かないだろうか。


以下ではさらに詳細に、北海道・東北の「海岸砂地地帯」として指定されている地区別(注16)の海岸砂地面積を表した図形表現図を示す(注17)。

「海岸砂地地帯資料要覧」より、「国土数値情報」のデータを加工して作成

やはり、何かがおかしい。


そう、青森県、特に下北半島の海岸砂地面積だけ、異様に広く算出されているのである。

この統計によれば、東通村や六ヶ所村の海岸砂地面積が、それ単体で北海道全体の海岸砂地面積よりも広いということになる。

このことは、下北半島の砂丘の面積がとても広いということを意味するものではない。

このことは、「海岸砂地面積」という統計のいい加減さを意味するものである。

なお、この違和感に気が付いたのは何も筆者が初めてではなく、かつては実際に疑義が投げかけられたこともあったようだが、その後に改めて同じ形式で統計が取り直されるようなことはなかったようである。


では、なぜこのようないい加減な統計が残されてしまったのか。

まず、この統計に示されている面積を「海岸砂地地帯」として指定しようとするならば、下北半島においてはどのように指定しても砂丘ではない山地を大きく含んでしまう。

これはつまり、 前節「なぜ猿ヶ森砂丘は『日本最大』となったか?」で述べた、「どこからが砂丘かが分かりづらく、また明確な頂点も持たない」という猿ヶ森砂丘の特徴が、どこまでが「海岸砂地地帯」であるかとする調査に混乱をもたらし、結果として山地を大きく含む範囲を「海岸砂地地帯」として指定してしまったからではないだろうか、と筆者は考える。

ただ、このとき指定された「海岸砂地地帯」の範囲を示すデータが、少なくとも筆者の調べでは見つからなかったために、これは筆者の勝手な想像の範囲を出ないものであるということを付け加えておく。

とはいえ、このいい加減な「海岸砂地面積」の数字を、「砂丘の面積」としてそのまま用いることの不適切性は明らかではないだろうか。


  • 注16:ここでの地区の最小単位は当時(つまり昭和の大合併直前)の市町村となっている。一応当時の市町村別の海岸砂地面積データもあるが、まとめるのが面倒臭いので規模感を揃えるため地区別のデータにしてある。ここから先は苦労話になるので別に読まなくともよいのだが、このデータを作成するために、まず国土数値情報の都道府県別行政区域データを QGIS 上ですべて結合させ、その後海岸砂地地区ごとに地物を結合させてそのすべてに海岸砂地面積を入力する、という骨の折れる作業を行っている。そもそもこのデータ自体が戦後すぐに調査された古文書のような手書きの元データ(このページの最初の写真はその一部)を Excel で手入力で打ち込んだものであるため、まとめるのにそこそこの労力がかかっている。この時代の統計、普通に計算ミスとかしてるの本当にやめてほしい。というか、これだけ骨を折ってまで証明したかったことが「『海岸砂地面積』という統計はかなりいい加減である」ということなのが非常にどうしようもない。

  • 注17:凡例に肝心の円の大きさについて書き忘れてしまった。東通村の海岸砂地面積が 15409.0 町 ~ 15281.7 ha であることからなんとかして想像していただきたい。そもそも、「ここでの具体的な数値に大した意味は無い」というのが本稿の主張であることを付記しておく。


本当の「日本最大の砂丘」はどこか?

正解は「わからない」

「日本最大の砂丘は、一体、どこかわからない。

こう答えるしかない。


これまで長々と本稿に目を通していただいた読者諸賢には、その理由は十分にお分かりいただけたのではないかと思う。

砂丘の規模を比較するのは難しい。

どう比較しようと、いずれは筆者のようなひねくれ者がケチを付けるであろう。

「わからない」と答えるしかないのだ。


なんでも「一番」が気になるのが人間というものである。

砂丘のような地形に限らず、人間という生き物は何につけても「比較」や「格付け」が好きな生き物である。

しかしながら、世の中には安易に比較して「一番」を決めることのできないものが数多く存在する。

むしろ、安易な格付けが、かえってそのものごとについての理解を遠ざけてしまうことすらある。


日本最大の砂丘は、わからない。

その答えこそが、砂丘について「わかる」ということなのだ。


おわりに:情報社会を生き抜くために

まずは筆者の拙い文章を最後まで読んでいただいた読者諸賢に深くお礼をば。

以降は後書きになるが、どうせここまで読んでしまったのだからということで、最後までお付き合いいただきたい。


さて、「日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘ではない」という題名に釣られて本稿を読むに至った読者の方は、おそらく本稿を読み始めるにあたって「じゃあ本当の日本最大の砂丘はどこなの?」と思って読み始めたのではないかと思う。


しかし本稿はどうであったか。

まず「砂丘とは何か?」という問いより始まり、次に「日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘である」という言説に対する反論をひたすら長々と述べた挙げ句、最も読者が気になっていたであろう「本当の日本最大の砂丘はどこか?」という問いには最終的に「わからない」と開き直る始末。

読者諸賢にとっては、かえって余計なモヤモヤを残す結果となったかもしれない。


しかしながら。

そもそもなぜ「猿ヶ森砂丘は日本最大の砂丘である」という言説がここまで流行ったのかといえば、「最も有名な砂丘の鳥取砂丘が実は日本最大ではない」「猿ヶ森砂丘は自衛隊の敷地になっており一般人は立ち入りできないためにあまり知られていない」といった、安易にスッキリとした説明をつけることのできる内容が大衆に受け入れられやすかったからに他ならない。


情報化の進んだ現代では、「雑学」の皮を被った誤情報や安易な解釈がそこら中に溢れ返っている。

それらのすべてについて、専門的な知識を持たない一般人が正誤判断をするのは難しいかもしれない。

ただ、「日本一」などのわかりやすい数字を使った情報や、あまりに単純明快な説明がなされている情報などの、明らかな「地雷」を鵜呑みにしないことという自衛手段は存在する。

また、可能であればその情報の根拠を確認することも手段としては有効である(ただし、日本語版 Wikipedia はしばしば誤っているため注意)。


どうかこの嘘と虚構に塗れたインターネットを、あなたも私もお互いに生き抜けますよう。



ちなみに、日本一広い湖は琵琶湖です(注18)。


注18:Wikipedia「湖沼の一覧(面積順)」より


参考文献

  • 日本地形学連合編 (2017) 「地形の辞典」、朝倉書店

  • 小池一之他 (2017) 「自然地理学事典」、朝倉書店

  • 日本砂丘学会編 (2000) 「世紀を拓く砂丘研究」、農林統計協会

  • 日本砂丘学会 (1993~)「日本砂丘学会誌 第 39 巻第 1 号 ~ 」

  • 日本砂丘研究会 (1970~1992) 「砂丘研究 第 17 巻第 1 号 ~ 第 38 巻第 2 号」

  • 農林省農政局 (1964) 「海岸砂地地帯農業振興関係法規集」

  • 農林大臣官房総合開発課 (1954) 「海岸砂地地帯資料要覧」


謝辞

主に文献調査において、 EMM 氏には非常にお世話になりました。氏への度重なる無礼な批判への謝罪と併せて、ここで深謝いたします。


投げ銭はこちらから

最後までお読みいただきありがとうございます。

本稿は約 12,000 字あります。

もう少しで東通村の海岸砂地面積です。

読者諸賢の中で、本稿を読んで「面白い!」と少しでも思っていただけた方は、よろしければ 100 円ほど投げ銭をいただけると筆者の今後の創作活動の励みとなります。

有料範囲では、ちょっとしたメッセージが読めるかもしれません。

それではまた、どこかでお会いしましょう。


地図ねこ


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