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帰り道

金曜の仕事帰り。
電車に乗りドアの傍に立った。
スマホに視線を落としながら、待ち合わせ駅までのルートと所要時間を確認していると、突然、電車の中ではおよそ耳にすることのない音が聞こえてきた。擬音語であえて表すなら、ガリボリガリボリッという音だ。

電車の中で聞くことはなくても、日常的には聞き覚えるある音。豆菓子を噛み砕くような音だ。

ガリボリガリボリッ、ガリボリガリボリッ!
まったく遠慮のないその音があまりに近くから聞こえてくるので思わず顔を上げた。

目の前に、私とちょうどドアの分だけ離れて向かい合うように、ごま塩頭のガテン系男性が立っていた。
片手に缶ビールを持ち、その指にぶら下げたコンビニの袋にもう片方の手を突っ込んで何かをつかみ出しては口に運んでいた。

ガリボリガリボリッ!
口に運ぶ量はほぼ決まっているようだ。噛む回数が一定なのだ。ガリボリガリボリッ。少し間があってガリボリガリボリッ。食べて、口に運び、また食べる。この繰り返し。ガリボリガリボリッが一定のリズムを刻む。

空いてる座席はなく、立っている人も多い車内。軽快で小気味よい音が高らかに響き渡る。

男性は車内のつり広告の方に顔を向けている。表情は無防備で緊張や警戒のかけらもない。私の視線や、自分が出している音を気にする気配はまったくない。

電車で立ったままビールを飲み、大きな音をたてながら豆菓子を噛むガテン系のオッサン――。

この人はきっとどこかの現場で体を張って、何かをやり遂げてきたあとの帰り道に違いない。ビールが美味しそうだ。

なんだか急に、お疲れさま、と声をかけたくなった。
・・かけなかったけど。


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