親友・堀江貴文との出会い…藤田晋、若き日の激動の物語 #2 渋谷ではたらく社長の告白
高校生のときに抱いた起業の夢。しかし、社長になった彼を待っていたのは、厳しい現実だった。ITバブルの崩壊、買収の危機、社内外からの激しい突き上げ。こうした危機をどう乗り越え、どう成功へと至ったのか……。サイバーエージェント社長、藤田晋さんの代表作で、野心あふれる若者たちのバイブルとして読みつがれてきた『渋谷ではたらく社長の告白』。いま改めて読みたい本作のためし読みを、特別にお届けします。
* * *
いざ、オン・ザ・エッヂへ
オン・ザ・エッヂは六本木の雑居ビルの一角にありました。当社のオフィスがあった原宿・明治通り沿いの明るい雰囲気とは打って変わって、周囲には怪しげなテレクラやSMクラブが立ち並ぶ場所です。
私と同行したバイトのふたりは、周囲を訝しげに見渡しながら、オン・ザ・エッヂとカタカナで書かれた表札のあるオフィスのエレベータに乗り込みました。
受付の電話をかけると、マニアックな服装の女性が出てきてちらりと我々を見ると、後は目も合わさずこう言いました。
「そこで靴を脱いで、スリッパをお履きください」
「は、はい」
通された会議室には、何故かバーカウンターがあり、お酒がずらりと並べられていました。
〈会社で酒を飲んでるのかな……?〉
ちょうどオフィスが首都高と同じ高さにあり、待っている間、大型のトラックが通る毎に地震のようにガタガタ揺れます。老朽化していたビルは今にも倒れそうな気がしました。
隣で不安そうな顔をしているバイトに、私は小声で言いました。
「……たぶん、こんな環境のなかから新しい技術が生まれていくんだよ」
堀江さんがあらわれました。
「あ、どうも……」
「はじめまして。サイバーエージェントの藤田です」
それが堀江さんとの初対面でした。当時の彼は26歳。私は25歳でした。長髪で今よりだいぶ太っていた堀江さんは私が想像していたとおりの「おたく」的雰囲気を持っていました。動きも若干、挙動不審に見えました。
――しかし。
彼は話し始めると違っていました。溢れる野心。ただものではないと、その時直感しました。
「IEシステム、インテリジェンスのとき売ってたんですよ」
「あー! あのときの。妙にたくさん売ってくる人がいると思ってたんですよ」
その後は、堀江さんの独演会が始まりました。
インターネット業界はこれからどうなるのか――。
日本経済はどうなっていくのか――。
流暢に話し続ける彼には、先のおたくの雰囲気とはかけ離れたものがありました。
異様に頭がきれる彼はこちらが理解しているかどうかもお構いなく話し続けます。
堀江さんの話は面白かったのですが、残念ながら私にはもう時間がありません。受注済みのサイバークリックを早く作り上げて納品しなくてはならないのです。
堀江さんとの初仕事
「あの……、それでクリック保証型システムは作れるんでしょうか?」
「できますよ」
彼は、実にあっさりとそう答えます。
「そうですか! もうたくさん売っちゃったんで、心配してたんです」
「あんなの楽勝ですよ」
あたりまえでしょう、と言わんばかりの彼の表情を見て、私は安堵しました。
これで大丈夫。最初からこうすればよかったのかもしれません。それよりも普通はシステムができる目処がある程度ついてから販売を開始するべきでしょう。
まだできた訳ではありませんが、それでも何とか一歩前進しました。
ところでいくら掛かるのだろう……?
後日、オン・ザ・エッヂから届いた見積もりは、納品してもらって一括でお金を払っておしまいのパターンと、パートナーとしてサイバークリックの収益を分けあうパターンのどちらかが選べるようになっていました。
また、堀江さん自らがプログラムを書く場合と、他の人が作る場合で値段が違っていました。
私は少し考えて、パートナーとして売上を分けあうパターンを選びました。そして、少し割高になっても堀江さんに自ら作って欲しいと頼みました。
その時すでにサイバークリックは販売好調なことがわかっていたので、システムを買ってそれきりのほうが収益的には有利でした。
でも、妙に堀江さんと息が合ったことと、今後の運用を考えてのことでした。
「それでですね、堀江さん」
「はい。なんでしょうか」
「来週までに作って欲しいんですけど……」
「無茶苦茶言いますね……」
「もう受注しちゃってるんです。これを納品できればまた受注がとれます。お互い儲かりますからなんとか頑張ってください」
堀江さんはもの凄いスピードで、しかも予想以上の出来でサイバークリックを完成させてくれました。
これなら安心して納品できる……と、私はほっとしたのでした。
1998年9月。会社設立から半年後にして自社のサービスをスタートさせることができました。
それと同時にその日から、私はこの「サイバークリック」に事業を絞り込んで会社を拡大させることを決意したのでした。
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