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悲しいときに悲しまない、それがさらなる悲劇を生む原因だった #2 悲しむ力

不登校生・中退生のための私塾、「リバースアカデミー師友塾」を主宰する大越俊夫さん。著書『悲しむ力 深く悲しまない人間は幸せになれない』は、現代人に欠けている「悲しむ力」と「レジリアンス(逆境力)」の重要性について論じた一冊です。子育てはもちろん、仕事や人間関係に悩む大人たちにも役立つであろう本書から、読みどころを抜粋します。

*  *  *

「悲嘆の欠如」に陥っていないか


「悲しむこと」に関して、以前にこんなことがありました。

私が四十年前につくった不登校生のための学校、師友塾に、無表情な母親と、これまた沈みきったお嬢さんが訪ねてきました。この娘さんは、もう二年近くも中学校に通っていないというのです。
 
不登校になれば、誰だって暗くなりますが、この女の子の場合、もう一つ別のワケがありました。この子には姉がいたのですが、この姉のことを、勉強しないと言って、お母さんが思い切り暴力を振るっていたのです。
 
よほど腹が立ったのでしょう、姉を転がし、その腹に馬乗りになって、泣きじゃくる姉の両頬を、両手でピシャピシャやったというのです。それを何度も何度も。
 
妹は、その光景を見て育ったのです。悪いことに、父親はそんなこと知らんぷりです。この家庭の悪習慣が、この母娘の「無表情」と直結しているのです。
 
答えから先に言いましょう。この「無表情」の原因は、この家庭の中の「悲嘆の欠如」にあるのです。
 
「悲嘆の欠如」とは、読んで字のごとし「悲しみ嘆くことが欠如している」ということです。つまり、悲しいときは悲しまなくてはいけない、悲嘆を避けるとかえって、もっと大きな“悲嘆的”状況を呼んでしまうかもしれない、ということなのです。
 
妹さんが学校にも行かずに二年間も引きこもってしまった。このことは両親からすればびっくりでしょうし、悲しいことでしょう。姉の成績が十分でなかったので、そちらに気をとられていたとしても、よく考えれば妹さんの状況も放置できないことです。
 
いろいろと聞いてみると、この家庭、怒ることはあっても、どうも悲しむ、嘆くという情の動きのない家庭のようなのです。だから、とうとう無感動、無表情になってしまったのです。
 
くり返しますが、やはり人間は、悲しむときには悲しまないといけないということです。

悲しむことをおろそかにしない


じつは、精神医学界で、この「悲嘆」に関する研究は、まだ系統的なものは十分になされていないようです。

「悲嘆の欠如」という風変わりな論文を、一九四〇年にフロイトの弟子であるヘレーネ・ドイチュが発表し、四年後に、アメリカの精神科医のエリック・リンデマン博士が「悲嘆に関する研究」という論文を書きました。
 
その論文によると、「感情を抱くことができず、人生に何の興味も覚えない」という状態の原因は、「喪の過程」を終えておらず、「悲嘆が欠如」しているからだ、ということです。
 
「喪の過程」とは、文字どおり喪に服す期間、つまり悲しみに浸る期間のことと思えばいいでしょう。この「喪の過程」の大切さを説いたのもドイチュなのです。
 
旧来の「悲しみ」に関する人々の認識は、悲嘆の過程をただ受け入れ、それに耐えなければいけないというものだったと言います。
 
一九八九年に、アメリカの二人の心理学者カミール・ウァートマンとロクサン・シルヴァーが「喪失の対処に関する誤解」という大胆な論文で、この旧来の「悲しみ」に対する認識への疑問を呈しました。
 
私たちはほとんど、日常では、生とか死とか、自分がどこから来てどこに行くのかとかの実存的な疑問を抱かずに生活しています。そして、人は各々に悲嘆に対して異なった反応をします。
 
しかし、共通して言えるのは、例えば「愛する人の死」は、私たちを一瞬にしろ、日ごろの日常的な浅い思慮の中から、一気に深い実存的な疑問に引き戻してくれます
 
とくに親にとって子どもの死は、想像を絶する喪失であり、人間に深い人生体験を与えます。
 
「悲しみは人間関係をより深いものにしたり、人生の新たな意味をもたらす」のです。
 
私たちの身近な例でも、不登校なら不登校の悲しい現実を直視せず(子どもの死とは比べものになりませんが)、ごまかしているかぎり、いつまでたっても「喪の作業」を終えられず、親子で無表情、無感情になっていくのです。
 
私が塾をつくった四十年前は、親が嘆いたり怒ったり、子どもも反発したりしましたが、最近はこの「喪の過程」が無視され、「悲しむ」作業をおろそかにしている親子が増えています
 
つまり、くり返しますが、人間は、悲しむときは悲しまないといけないのです。

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悲しむ力 深く悲しまない人間は幸せになれない

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