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【電本フェスおすすめ本vol.1】女の人生難問だらけ。男と戦う暇はなし!頑張る女性を応援する世直しエンタメ

この記事では、電本フェス前夜祭(~8/31)の対象作品の冒頭を試し読みしていただけます。数ある電子書籍の中から、スタッフが厳選ピックアップしたおすすめ作品です。ぜひお楽しみください!

今回は、『ルパンの娘』や現在TVドラマ放映中の『彼女たちの犯罪』で注目されている横関大さんの作品です。まずは、冒頭部分を読んでみてください。


女の人生難問だらけ。男と戦う暇はなし!
頑張る女性を応援する世直しエンタメ

『闘え!ミス・パーフェクト』横関大


*  *  *

審議が長引いている。ここは国会議事堂三階にある委員会室だ。現在、臨時国会の最中であり、通常国会で成立させられなかった各法案の審議がおこなわれている。川尻賢太はセイコーの腕時計に目を落とした。そろそろ午後二時になろうとしている。

「……大臣、去年の反省を全然活かしきれていないじゃないですか。また毒性の強い変異株が猛威をふるうかもしれないんですよ」

川尻は法務省大臣官房秘書課に所属する職員だ。大臣の秘書的な業務をこなしつつ、各部局の総合調整などに奔走する、いわゆるキャリア官僚だ。

今は新型コロナウイルス感染症収束後の企業への助成金を巡る法案の審議がなされている。所管は経済産業省だが、関係する各大臣も審議に出席しており、川尻も法務大臣から少し離れた壁際の席に座っている。今のところ法務大臣の発言の機会はない。

「……企業に助成金を支給する前に、まずは自国でワクチンや特効薬を開発するのが先決だと思います。大臣、国内におけるワクチンや特効薬の開発状況はどうなっていますか?」

今、発言しているのは野党の若手政治家だ。話を振られた厚労大臣が立ち上がり、マイクの前に進む。

「国内の各製薬会社とも連携を密にして、鋭意取り組んでいるところでございます」

そのまま引き下がった厚労大臣に対し、若手政治家の容赦ない声が飛ぶ。

「全然回答になっていないですよ。開発状況がどうなっているのか、私はそれを質問したんです。鋭意取り組んでいる。そんな杓子定規な答えなら小学生だってできますよ」

野党の席から笑いが起きる。厚労大臣は側近らしき男と何やら言葉を交わしている。やがて厚労大臣は再びマイクの前に立った。

「ワクチン等の開発状況につきましては、企業秘密に関するデリケートな問題でもあり、公表については難しいところがあるとご理解いただきたいと存じます」

「大臣、だから答えになっていませんって。まずはワクチンや特効薬を国内で開発・製造して、それから景気回復の策を講じる。それが筋だと私は申し上げたいだけなんですよ」

席に戻った厚労大臣は側近の男と顔を寄せ合って話している。足立厚労大臣は御年七十歳。栗林内閣を支える派閥に属する政治家だ。押しは弱いが、調整力に長ける政治家として知られていた。ただしその調整力も最近では衰えが見られていて、国会や各委員会でも野党に押し込められることが多い。

もしあいつがいたら。川尻はそう思わずにはいられない。一年ほど前、厚労省を去ってしまった女性キャリア官僚だ。彼女とは東大の麻雀サークルで一緒だった。雀卓を囲んだことも数知れず、何度彼女に煮え湯を飲まされたことか。一番負けた者がラーメンを奢るのがサークルの習わしになっていて、彼女にラーメンを奢ったのは一度や二度ではない。

真波莉子。それが彼女の名前だ。何でも屋、というのが彼女のあだ名だった。どんな仕事でもいとも簡単にこなしてしまうという意味でもあるし、あらゆる仕事に顔を出すというフットワークの軽さを表す意味もあった。将来を嘱望される事務系の官僚であった彼女だったが、去年突然厚労省を去った。実は彼女、現内閣総理大臣である栗林智樹の隠し子であることが発覚したのだ。

たかだか一人の若手官僚が去っただけではないか。そういう意見が大半を占めるが、川尻はそうではないと思っていた。組織というのは、結局は人で成り立っている。優秀な人材というのは大きな財産であり、真波莉子という人材は余人をもって代え難い。それだけの価値がある人物を失ったというのは、厚労省にとっても大きな損失になるはずだ。彼女が総理の娘であり、今後も父を背後で支えるであろうという希望的憶測が、せめてもの救いだった。

「大臣、いつまで待たせる気ですか。もう予定の時間をだいぶオーバーしているんですから。それともあれですか。一服しないと頭が回りませんか?」

厚労大臣がヘビースモーカーであるのはよく知られていて、それを揶揄する発言だった。野党の席から失笑が洩れる中、川尻は胸ポケットに振動を感じた。スマートフォンに着信が入っていた。この分だとしばらく法務大臣に発言の機会は回ってこなさそうだ。そう判断して川尻は立ち上がった。

「ちょっと失礼します」

周囲に声をかけながらスマートフォンを出した。未登録の番号が画面には表示されている。それを見て川尻は訝しく思った。実家である長野県の市外局番だったからだ。

委員会室を出た。スマートフォンを耳に当てる。男の声が聞こえてきた。

「賢ちゃんだよな。川尻さんところの賢ちゃんだろ」

いかにも自分は川尻賢太だ。ただし自分のことを賢ちゃんと呼ぶのは家族や親戚以外では数えるほどだ。男の声に聞き憶えがあるような気がしたが、誰なのかは思い当たらなかった。

「すみません。どちら様でしょうか? あ、私は川尻賢太で間違いありませんが」

「俺だよ、俺。鹿のおじちゃんだ」

鹿のおじちゃん。その呼び名を聞くのは久し振りだ。実家の近所に住む独り身の猟師であり、川尻が子供の頃にはよく鹿肉を届けてくれた。だから川尻はその猟師のことを「鹿のおじちゃん」と呼んでいたのだ。

「今しがた、お父さんが救急車で運ばれたぞ。どうやら心臓発作で倒れたらしい。近所の人が庭で倒れてるところを見つけたんだ」

親父が……心臓発作で倒れた?

川尻は鼓動が速まるのを感じた。しっかりしろ、と自分に言い聞かせつつ、詳しい事情を訊き出すためにスマートフォンを耳に押し当てた。


「やだよ、キャンプ行きたかったよ。せっかく準備したのに台無しじゃん」

「仕方ないだろ。台風来てるんだから」

城島真司は娘の愛梨に対してそう言った。居間のテレビの前だ。さきほど愛梨が所属するミニバスケットボールチームのグループLINEに、週末のキャンプ中止の連絡があったのだ。太平洋上に台風が発生して、おそらく週末には日本に接近するとのことだった。上陸するかどうかは微妙なところだが、安全上の観点からキャンプは中止にするとの連絡だ。

「だって晴れてるじゃん。台風なんて来ないよ、きっと」

「もし何かあったらどうするんだ? そうだ、なんなら庭にテントを張ってもいいぞ」

「庭じゃ駄目だよ。臨場感がないよ、全然」

娘の愛梨は小学四年生になる。臨場感なんて生意気な言葉をどこで覚えてくるのだろうか。ミニバスのチームでは夏のキャンプを恒例行事としていて、愛梨は千葉の房総半島にキャンプに行くのを楽しみにしていた。台風の進路によっては房総半島も台風の暴風域に入ることが予想されるため、保護者たちの声もあって、やむなく中止という決断がなされたのだ。

ここ神奈川県北相模市に移住し、早七ヵ月が経過した。今は夏休みで、毎日愛梨は小学校のプールに通っている。城島は〈ジャパン警備保障〉という警備会社に勤務する元警視庁のSPだが、去年ある人物の運転手をすることになった。その人物こそ現職の総理大臣の隠し子であり、厚労省の女性キャリア官僚、真波莉子だった。しかし自身が総理の隠し子であることがマスコミに露見し、彼女はすぐに厚労省を去った。以来、その能力と人脈を駆使し、さまざまな仕事をこなしていった。

今は地元の北相模市立病院の経営再建に力を入れている。赤字経営が続く市立病院も、ここ最近はかつての活気をとり戻しつつあり、莉子が敷いたレールの上を順調に走り始めていた。もともと莉子が生まれ故郷である北相模市に戻ったのは、彼女の母親である真波薫子が交通事故に遭って長期入院を強いられることになったせいだ。その薫子も今は退院して、勤務先である水道会社に毎日出勤している。城島父娘は真波家に居候するという、奇妙な同居生活を送っているのだ。

「だってほら、台風はあっちに向かってるじゃん」

愛梨はテレビの画面を指でさした。NHKのニュースが台風の最新の予想進路を伝えていた。上陸する確率はなくなったらしく、房総半島沖を北上するコースを辿るようだ。都内やここ北相模市では風が多少強まる程度で、さほど警戒しなくてもいいらしい。

「暴風域ってのがあるんだよ。海は大荒れで、海水浴なんてできっこない。今回は諦めろ」

不満げな顔つきで愛梨はテレビの天気図を眺めている。今日、莉子は都内でいくつかの会議に出席するらしく、朝一番で城島が車で送った。夜の七時に迎えにきてくれと言われているので、そろそろ出発してもいい時間だ。莉子を迎えにいく前に本社にも顔を出したい。

「愛梨、俺は真波さんを迎えにいってくる。帰りは遅くなると思う。よろしく頼むぞ」

「はーい」

愛梨は気のない返事をする。去年まで愛梨は都内の小学校に通っていたが、クラス内で孤立する傾向があり、城島も思い悩んでいた。ちょうどそんなときだ。莉子が母の看病のために北相模市に帰省すると言い出し、一緒に来ないかと誘われたのだ。今では愛梨もすっかり北相模市の生活に馴染んでしまっている。

「じゃあ行ってくるぞ」

「行ってらっしゃーい」

城島は車のキーを持って外に出た。家の前には畑があり、そこには季節の農作物が育っている。城島は愛車である白いプリウスに乗り込んだ。愛車といっても会社名義の車であり、莉子の送迎のために用意された車だ。城島は車を発進させた。

今年の春先から、城島は莉子のことを異性として意識していた。彼女からも思わせぶりなことを言われたことがあり、それを契機に彼女のことを想うようになった。と言っても相手はひと回り以上年下の元キャリア官僚であり、しかも総理大臣の隠し子だ。自分なんかとは到底釣り合わない存在であるのは百も承知で、最近ではこちらからモーションをかけるような真似は控えている。彼女の方も城島の気持ちを知ってか知らずか、そういう話題を出してくるようなことはない。

彼女が北相模市に住んでいるのは母の看病という名目上のことだけであり、市立病院の再建計画に一定の目途がつけば、都内に戻るものと思われた。今の生活は仮のものに過ぎない。そうとわかっていても、いつか終わってしまうことを考えると少し淋しい。

赤信号で停止した。助手席に置いたスマートフォンのランプが点滅しているのが見えた。莉子からのLINEのメッセージを受信しており、赤坂に迎えに来てほしいという内容だった。「了解です」と短い返信メッセージを送り、城島は運転に意識を集中させた。

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闘え! ミス・パーフェクト


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