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【電本フェスおすすめ本vol.19】ひとたびネットの暗闇を彷徨えば、二度と元には戻れない……。

この記事では、電本フェス後夜祭(~9/28)の対象作品の冒頭を試し読みしていただけます。数ある電子書籍の中から、スタッフが厳選ピックアップしたおすすめ作品です。ぜひお楽しみください!

今回は、『スマホを落としただけなのに』の著者が仕掛ける、二度読み必至の傑作ミステリーを紹介します。まずは、冒頭部分を読んでみてください。


渡る世間は「罠」ばかり。借りたお金が返せません!!
#個人間融資 #SNSヤミ金 #無担保OK #お金貸してください

『そしてあなたも騙される』志駕晃


*  *  *

「当店のアプリか、ポイントカードはお持ちですか」

顔色の悪い女性のコンビニ店員に訊ねられた。

「いいえ、持っていません」

岬がそう答えると、店員はレジ台に載せたハーゲンダッツのクリスピーサンドのバーコードをスキャンする。

「三二五円です」

一週間授業を真面目に受けたご褒美として、金曜日の夕方にこのアイスを食べるのが岬の最大の贅沢だ。

「岬って、ポイント貯めてないの」

クリスピーサンドに齧り付くと、髪を金色に染めたクラスメートの瞳に不思議そうな顔をされた。

「うん。瞳は貯めてるの?」

「当たり前じゃない。だってもったいなくない?」

コンビニで会計するたびに、ちょっと損をしているような気分がしていたので、瞳のその言葉は気になった。

「そうなのかな。だって面倒くさいし、どこで作ったらいいかわからないし」

「ネットで簡単に作れるよ。ポイントが貯まればそれで買い物もできるし、絶対に作った方がいいよ」

瞳は自分のポイントカードを見せてそう言った。

「このカードにはクレジット機能もついてて、現金がなくても買い物ができるから便利だよ」

財布の中身が少ない時に、急な出費があると冷や冷やした。クレジットカードがあれば安心なのは間違いない。

「でも審査が厳しいんじゃないの」

高校を卒業した時にクレジットカードが欲しいと思ったけれども、学生では審査が通らないと聞いていた。

「そうかな。同じ専門生の私が大丈夫だったんだから、岬が駄目ってことはないと思うけど」


騙される人

沼尻貴代様

あなたが入居している金山ハイツ一〇四号室の家賃等が、再三の督促にもかかわらず未だに支払われていません。滞納した家賃、延滞利息、督促手数料の合計は一九万六〇〇〇円ですので、その全額を最終催告期限である今月末日までに、下記へお支払いください。なおこの最終催告に応じられない場合は、住宅の明け渡し及び滞納家賃等の支払いを求める訴訟を裁判所に提起します。

昨日、ポストに入っていた督促状を読み返して、私は不安で胸が押し潰されそうになった。不動産屋から何度か電話が掛かってきていて、このまま家賃を滞納し続けると法的な手段に出ると言われてはいたけれど、我が家の実情を説明して頼み込めば何とかなるのではと思っていた。

「行ってきまーす」

屈託のない彩奈の声に我に返る。

私は小学二年生の彩奈と二人で、足立区の小さなアパートで暮らしている。築三〇年以上のボロアパートで、脱衣所の床がギシギシと音をたて、大きな地震が起こったら簡単に潰れてしまいそうだ。洗濯機は洗うたびに排水ホースを繫がなければならないし、しかも今時珍しい和式トイレで不満は山のようにあるけれども、その代わり家賃は格安だった。

「行ってらっしゃい。車に気を付けてね」

駆けだしていった小さな背中に声を掛ける。

角を曲がって彩奈の背中が見えなくなると、すぐに督促状のことを思い出す。

裁判所という言葉が怖かった。

こちらが一方的に悪いのだから、訴えられたら勝てる見込みは微塵もない。このままだと、新しく住むところを探さなければならない。しかし今の家賃を払えないぐらいなので、引っ越しの費用はもちろん、新しくアパートを借りる敷金も礼金もない。ここから追い出された瞬間に、親子二人で路頭に迷ってしまうだろう。

何としても月末までに、一九万六〇〇〇円を用意しなければならない。だけど銀行口座の残高は限りなくゼロに近く、お金になりそうなものは既に全て売ってしまった。カボチャのイラストが描かれたカレンダーに目をやると、今月はもう、あと一〇日しか残されていなかった。

ごく簡単な化粧をして、ユニクロで買ったフリースとジーンズを着て家を出た。

最寄り駅にも消費者金融の小さなお店があったけれども、知り合いに見られたくなかったので、わざわざ電車賃をかけて新橋まで出てきた。サラリーマンが多いこの駅には、大手消費者金融や街金の看板があちらこちらで目についた。駅前の雑居ビルには、テレビCMでよく見る消費者金融の看板が各階ごとに並んでいた。

エレベーターに乗って、目指すべき階のボタンを押した。

東京に出てきてからお金の苦労が絶えることはなかったけれども、消費者金融に頼ったことは一度もなかった。ネットで調べてみたら、私の去年の年収で五〇万円ぐらいまでは借りられるはずだった。免許証と公共料金の領収書、そして念のために去年の源泉徴収票もバッグの中に用意してある。

エレベーターを降りるとすぐに消費者金融店の入り口が見えた。制服を着た店員が自動ドアの向こう側でお辞儀をする銀行のようなエントランスをイメージしていたのだが、小さな手動のドアがあるだけのこぢんまりとしたところだった。しかもドアが閉まっていて、一瞬休みなのかと思ってしまった。

暫く店の前で躊躇していたけれども、思い切ってドアノブを回すと手に軽い感触を残してドアが開いた。

『いらっしゃいませ。少々、お待ちください』

店内に入ると、スピーカーから女性のアナウンスが聞こえてきた。

ここは無人店舗で、幸か不幸か私以外の客はいなかった。正面にブースが二つあり、右手に銀行のATMのような機械が見える。既にカードを持っている人は、それで現金を借りることができるようだ。

正面のブースは私のような新規客のためだと察しがついた。完全な個室になっていて、人目を気にせずお金を借りられるように配慮されていた。

『ブース内にお進みください』

またしても女性のアナウンスが聞こえてきた。

店員の姿は見えないけれど、天井の監視カメラがじっと私を見ているような気がして落ち着かない。ぐずぐずしているとまた何か言われてしまうと思い、私は慌ててブースに入り扉を閉めた。

前面に大きなタッチパネルがあり、スキャナー、内線電話、非常用の赤ボタン、さらに何だかわからない様々なボタンがあった。中はきれいに清掃されていてゴミ一つ落ちていない。その無機質なところが急に怖くなり、思わず身を強張らせた。

覚悟を決めて椅子に座ると、目の前のタッチパネルに《初めてご利用される方》《既に会員になられている方》という二つのボタンが表示されていた。私は唾を飲み込んだ。消費者金融で生まれて初めてお金を借りる。それがとても疚しいことをするような気がしてならなかった。

深呼吸をした後に右手の指先でタッチパネルに触れると、背後から大きな金属音がした。思わずびくりと体が震え、反射的に音がした方に体をよじった。

ブースの鍵が自動的にロックされた音だった。

途端に罠に嵌って逃げられなくなった小動物のような気分になる。実際これから払っていかなければならない利子や元金のことを考えれば、罠に嵌ったというのもあながち間違っていないのかもしれない。

《右手の入会の手引きをお取りになり、よくお読みください》

パンフレットが何冊か入っているラックがあった。その中の一冊を手に取ってペラペラと捲ってみる。

「一回払いでもリボ払いでも、どちらでも利用できます」

「臨時収入があった時は、お支払日を待たずに完済できます」

「全国どこのATMでも、そして海外でも利用できます」

この消費者金融のシステムとメリットが説明されていた。

気になる金利は年間一八%で、カードローンの場合は三五日ごとの返済となるらしい。一度の返済額は借りる側が自由に決められ、もしもまとまったお金が入ったら、最大で全額返済もできるシステムになっていた。

本当はもう少し借りたかったけれど、借りる金額は二〇万円とした。

そして失業中の身としては返済にかなり苦労すると思ったので、月々の返済額は最小限に設定しようと決めていた。それでも元金二〇万円の三%で六〇〇〇円にもなる。それに利息の三〇〇〇円を加えた九〇〇〇円を毎月支払わなければならない。

仕事さえ決まれば何とかなると思ったけれども、急な出費があったら苦しくなるだろう。入会の手引きには、「急な出費があり返済が滞りそうな場合は、事前にご相談ください」とも書かれていて、ちょっとだけ気分が軽くなる。

私は覚悟を決めてタッチパネルのボタンを押した。

《ご本人様の確認をさせていただきます。確認書類を選んでスキャンしてください》

バッグの中から免許証を取り出し、スキャナーに読み込ませる。そしてディスプレイに表示される手順に従って、一つひとつ作業を進めていく。

《誠に申し訳ありませんが、ご融資を行うことができません。ご不明なことがございましたら、内線でお問い合わせください》

そんなコメントがディスプレイに表示された。

どうしてだろう。指示された通りにやったはずなのに……。

機械の左についていた受話器を取って、「発信」ボタンを押した。

「すいません。融資が受けられないって表示されたのですが、どういうことでしょうか」

『お調べしますので、少々お待ちください』

優しそうな女性の声の後に、保留音が聞こえてきた。何が問題なのかわからなかったが、かなりの時間待たされた。保留音が繰り返されるたびに不安がどんどん募っていく。そしてやっと先ほどの女性の声が聞こえてきた。

『沼尻様は、今は派遣会社に登録されていらっしゃるのですね?』

「はい、そうです」

『それでは派遣会社ではなくて、今お勤めの会社をお教えください。そちらに在籍確認させていただきます』

「在籍確認って何のことですか」

『勤務先様に電話をさせていただいて、そこで沼尻様が働いていらっしゃることを確認させていただきます。弊社の名前は出しませんから、沼尻様がご融資を受けられることがお勤め先に知られてしまうようなことはありませんので、ご安心ください』

今勤務している会社の在籍確認をされるとは知らなかった。去年の年収がきちんとあったので、派遣会社名で大丈夫じゃないかと思っていたのだ。

「すいません。ちょっと事情がありまして、三ヵ月前に勤めていた会社は辞めてしまったんです。去年の源泉徴収票がありますから、それで何とか審査を通していただけないでしょうか」

◇  ◇  ◇

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