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苦境にある地方経済を救えるのか。 #4 メガバンク全面降伏 常務・二瓶正平

グリーンTEFG銀行、スーパー・リージョナル・バンクとしてのそれは元々三つの関東の地方銀行から出来ている。
武蔵中央銀行、北関東銀行、そして坂藤大帝銀行だ。
ヘイジはTEFGの常務であると同時に、グリーンTEFG銀行の頭取でもある。

頭取としてのヘイジの経営方針は、徹底した地域密着と中央からの支援。TEFG本体から様々な営業面での支援を引き出し、これまでの地方銀行には出来なかった充実したサービスを顧客に提供するというものだ。
「三行の持つ強みを活かしながらTEFGの強力な営業体制によって業務の底上げを図る」
旧三地銀はそれぞれを武蔵中央本部、北関東本部、坂東大帝本部とし、各行頭取に代えて本部長を置いている。

ヘイジは各本部長には、旧三地銀時代にTEFGに出向して合併作業に協力した三人を置いた。
旧武蔵中央銀行の古山恭二、旧北関東銀行の頭山仁、そして旧坂藤大帝銀行の深山誠一だった。
旧三地銀の人事体制はまだ旧来のままにし、TEFGとのシナジーが銀行業務でどのように生まれるかを第一に考えた上で本部長制度を取り入れたのだ。

実質的に各本部長の権限は、旧三地銀ではTEFGの意向を受けたものとして最強のものとなるが、名目上はそれをひけらかさず、それぞれの本部の行員たちが安心して働ける環境作りを目指してのことだ。
メガバンクの中で弱小銀行出身のヘイジは、巨大銀行成立過程で斬り捨てられてしまったものの中に大事なものが沢山あったという信念がある。

「どんな銀行であっても、必ず広がりと深みのあるノウハウを持っている。それを上からまとめようとすると消えてしまう」

ヘイジは決してメガバンクというものが銀行業務の、ビジネスの成功形態と見ていない。
「コロナの前から『銀行という業態にもう将来はない』と言われていた」
現実にメガバンクは、成長産業から遠い存在となっている。
日本経済全体が低成長なのだから仕方がないとして、環境に甘んじてしまうのは間違いだと思っている。
メガバンクが成長していない原因は、巨大銀行という器を造ることだけに固執した経営の根本にあるとヘイジは思っている。

「大事なのは各々の銀行の行員が大事にしているビジネスだ。そのビジネスを少しずつ大きな器に移していきながら育てることが出来るかを考えないといけない。上から空っぽの器を押し付け、中身の詰まっていた小さな器を捨てさせるメガバンクのやり方は間違っている」

それはヘイジの信念となっている。
「グリーンTEFG銀行を理想の銀行にする。銀行が真に顧客の生活と密着し、顧客の人生を豊かに、安心出来るものにするお手伝いをする。そういう存在にする」
だがそうして動き出したところにコロナが襲って来た。日本全国あらゆる業態で生産や営業が止まってしまっているのだ。
「じゃあ、始めようか」
グリーンTEFG銀行の各本部長との会議はリモートで行われた。
各本部長からは、まずコロナ対策での危機管理マニュアルの遂行状況が発表された。

ヘイジはどの本部も抜かりなくコロナ対応を実施していることに安堵した。
武蔵中央本部の古山が言った。
「TEFGさんの完璧な危機管理マニュアルがあったからこそ、問題を起こすことなく対応出来ました。昔の銀行の体制だったらどうなっていたことかと思うとぞっとします」

ヘイジはそれに対して笑顔になりながらも厳しさを忘れない。
「古山本部長、『TEFGさん』は止して下さい。同じ銀行ですから呼び捨てで結構です。
何にせよ、皆さんがちゃんと対応して下さったお陰です。でも油断はしないで下さい。コロナ対策は念には念を入れて、行内でクラスター発生など、絶対に許されないことだと思って下さい」
三人は頷いた。
グリーンTEFG銀行の地域でも感染者は出ている。
ヘイジはコロナ対策での各本部の現状を把握すると、次に取引先の現状報告を受けた。
製造業が多い北関東本部はグローバルのサプライチェーンが止まっている中、関連取引先は休業状態だと言う。

「こんな経験を誰もしたことがないですから、途方に暮れているというのが正直なところです。中小の業者からは緊急融資の要請が殺到しています。政府の給付金では追いつかないのが現状です」

北関東本部の頭山がそう報告した。
そしてどの地域も飲食店は休業や時短、席数縮小などでの売上激減で事業の継続が困難になっている取引先が殆どだ。
「あと半年この状況が続くと……殆どの飲食関係は倒産してしまいます」
武蔵中央本部の古山の言葉に、全員が緊張の面持ちを強めた。
ヘイジは言った。

「日銀がコロナオペとして全銀行にバックアップを行うとの情報はありますが、グリーンTEFG銀行は先手先手で行きます。担保や保証が十分でなくても、既存取引先に対しては緊急融資の要請には必ず応じるようにして下さい。我々は銀行として、断固として地域を守るという姿勢を見せなければなりません」

三人の顔はそのヘイジの言葉でパッと明るくなった。
「このような事態だからこそ、銀行のあり方を示さなければなりません。スーパー・リージョナル・バンクとしての矜持は地域密着、地域を守り豊かにすることへの貢献です。今こそそれを見せる時だと頑張りましょう」
そうして次に、坂藤大帝本部長の深山が報告を行った。

(予想した通りだな)

ヘイジはそう思った。
坂藤大帝本部、旧坂藤大帝銀行は元々二つの銀行が合併して出来ている銀行でその二つは明確に性格を異にする。
旧大帝銀行の取引地域は他の地方と同様にコロナ禍をまともに受けているが、旧坂藤銀行地域はその特殊性から殆ど影響がない。いや寧ろその特殊性から強みを発揮している。

「管理経済都市として、地域を維持してきたことの強みが出ている」

坂藤の地は坊条雄高という人物が、戦後創設した同族企業によって支配されてきていた。
坊条グループは各種製造業から流通、飲食業まで幅広く展開し坂藤では大帝券、D券というクーポンが市民の間で通貨として流通を続けている。
日本の中で極めて特殊な存在として治外法権のようなものを維持し、存在を続けてきていたのには理由があった。
それは戦前の満州国、大日本帝国がその傀儡として創り上げ運営していた国家に起源がある。

満州国・国務院総務庁で経済統括部長であった坊条雄高の父、坊条雄二郎は昭和二十年四月、日本の敗色が濃い中、ソ連侵攻を察知して満州中央銀行が保管していた膨大な金塊を関東軍機密部隊の助けを借りて日本の坂藤の地に移送、その金を元手に経済官僚が理想とする管理経済都市を誕生させた。
その特別な地域の維持を担保する為、関東一円を覆う地下水脈に猛毒の化学物質をいつでも流せるようにし、中央官庁とそれを裏で動かす闇の官僚たちをも黙らせていた。

しかし、化学物質による汚染除去などが自力では難しくなり、隠蔽された都市のままでいることが限界に来て、グリーンTEFG銀行の誕生を機に坂藤は変革を迎えたのだった。
ヘイジはその変革に立ち会い、難しい問題を仲間たちと共に解決の方向に向かわせた。

「そして今、コロナ禍にあって坂藤の管理経済都市、閉鎖都市の特質がその価値を高めている」

大帝券、D券という金券、クーポンの発行によって狭い経済圏の中で消費生活に必要な通貨は賄えてしまうこと……ヘイジはこれはコロナ禍の日本でも形を変えて採用されることになるだろうと思っていた。
坂藤大帝本部長の深山は言った。

「コロナはある意味、坂藤にとっては想定されていた状況です。ですから市民生活も経済生活も大きく変化はしていません」

全ての商品やサービスを単品、個別というミクロでの係数管理によって徹底させる。そしてその集約をマクロ政策に反映させる管理経済都市にとって、今の状況は水を得た魚だった。
そうしてグリーンTEFG銀行のリモート会議は終了した。
「ん?」
深山だけが画面の中から退出しない。

「二瓶頭取、実はお話ししたいことがあります。直接お会いしたいのですが、可能でしょうか?」

そう言う深山はどこか落ち着きがない。
「分かりました。東京に出て来られますか?」
深山はそのつもりですと返答した。
ヘイジはその深山が気になった。
そうして翌々日、深山は本店にヘイジを訪ねて来たのだ。
本店内のグリーンTEFG銀行統括室で、ヘイジは深山と会って話を聞いた。
「何ですって!?」
ヘイジは深山の言葉が信じられない。
深山は緊張した面持ちで言った。

「本当です。御前は亡くなる前にそう言い残されていたということなんです」

故坊条雄高の信じられない言葉だった。

◇次回は、24日(土)に公開予定です!◇

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波多野聖『メガバンク全面降伏』

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