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近づくネットバブルの足音…藤田晋、若き日の激動の物語 #3 渋谷ではたらく社長の告白

高校生のときに抱いた起業の夢。しかし、社長になった彼を待っていたのは、厳しい現実だった。ITバブルの崩壊、買収の危機、社内外からの激しい突き上げ。こうした危機をどう乗り越え、どう成功へと至ったのか……。サイバーエージェント社長、藤田晋さんの代表作で、野心あふれる若者たちのバイブルとして読みつがれてきた『渋谷ではたらく社長の告白』。いま改めて読みたい本作のためし読みを、特別にお届けします。

*  *  *

「ビットバレー」誕生秘話

1999年に突入してしばらくのことです。

原宿のオフィスにネットイヤーという会社の方が来社されました。

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「シリコンバレーってあるでしょ? サンフランシスコの。IT企業が集積してるんですよ」

「はい。知ってます」

「その日本版を作りたいと思ってるんですよ」

「そうですか」

「日本では渋谷にね、ネットベンチャーが集積しているんですよ。これ見てください」

見せてもらった地図にはしっかりとサイバーエージェントの名前も入っていました。

「それでね。渋谷は『渋い谷』ということで、『ビターバレー』という言葉を流行らせようと思っているんですよ」

「ビターバレー……」

駄洒落みたいな話でした。

「それで、サイバーエージェントさんにも是非発起人になってもらいたいんですが、いかがでしょう」

「ぜひ、お願いします」

正直に言えば、何のメリットがあるかわからなかったのですが、とりあえず貪欲な私は名前を加えておいてもらいました。

これがビターバレー改め、ビットバレーとなり、ネットバブルの最中何度もマスコミで連呼される渋谷周辺のネットベンチャーの総称となっていったのです。

そういう時代の入り口に、私も、そしてサイバーエージェントも立っていたのです。

3月になり、新しい社員も加わり、内定者バイトも仕事を始め、学生のアルバイトを何人か解雇しても、それでもオフィスは既にパンパンでした。

実際、オフィスの玄関を開けた瞬間に高村が机に向かって背中を向けて座っているような状況でした。冬の間は人が出入りする度に冷たい風が入り込み、彼はかなり寒そうな顔をしていて可哀相でした。

私は原宿のオフィスを紹介してもらった不動産会社の営業マンに久しぶりに連絡をしました。

「お久しぶりです。オフィスが手狭になったので、引っ越したいのですが……」

「えー! もう引っ越すんですか? まだ1年ですよ」

「はい。でももう入らないんです」

「今度はどの辺にしますか?」

「なんだか渋谷近辺が盛り上がりそうなので、またこの辺にしてください」

私は紹介された幾つかの物件の中から、またもや予算をオーバーしている物件が気に入りました。

今度は表参道沿い、おしゃれなカフェが立ち並ぶ北青山の一角にそのオフィスはありました。広さは原宿のオフィスの5倍近く、家賃も40万円から5倍の200万円にアップします。

なぜかそのオフィスにはシャワーがついていました。

〈泊まり込んで風呂に行かない連中が使ってくれるかも……〉

「ここ気に入りました。もう押さえてください」

「え? もう決めちゃっていいんですか? 大丈夫ですか?」

「はい。いいんです」

「そういえば1年前もこんな感じだったような……」

かくして創業丸1年での引越しが決まったのでした。実を言えば、そのときも会社の資金繰りはギリギリの状態だったのです。

表参道のオフィスで新たなスタート

引越しの日がやってきました。

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私は原宿のオフィスにわずか3人のときに入居して、会社をスタートしてすぐに「ここは1年で引っ越す」と宣言していました。ホームページの「ベンチャー企業の日記」にそう書いていたのです。

私は自分の精一杯のハッタリを実現したことに、満足感を抱いていました。

引越し業者がすべて運び出し、がらんとしたオフィスに私と日高はふたり、感慨深く突っ立っていました。

「全部運び出すと、意外と広いね」

日高がそう言いました。

「ここ最初、ガラガラで不安だったよなぁ」

「早く人増やして埋めなきゃって思ったもんな……」

私は意図的に、身の丈以上の大きさのオフィスを借りて、中にいる人の気持ちを変えることを目論んでいました。

広いオフィスに少人数でいると、事業を拡大して、人を増やさないともったいないと考えますが、適正規模の環境にいると意外と人はその規模に満足してしまうものなのです。

少しギャンブル的な側面はありますが、急成長を目指すなら、遠慮がちに自分たちにふさわしい規模のオフィスから始めるのは、もしかしたら引越しが1回ムダになるだけかもしれません。

1999年4月。会社を始めて丸1年が経とうとしていたとき、かくして私たちは表参道沿いのオフィスで新しいスタートを切りました。

今度のオフィスは受付もちゃんと作り、会議室もひとつ設けました。

社長室はもちろんまだ無いのですが、私は社長らしく、オフィスのど真ん中に自分の席を置きました。

表参道から日差しが入る、明るいオフィス。木張りの内装。ガラス越しに見えるオフィスの中では若い社員ばかりが働いていて活気があります。赤地に白抜きのカタカナで『サイバーエージェント』と書かれている当時のロゴマークが受付に飾られていました。

訪れるお客様が皆、会社の勢いを感じるオフィスでした。

引越ししてきたばかりのオフィスで、社員たちも皆、うれしそうな顔をしていました。

会社を環境面から活気付ける。それは私の計算どおりでした。

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渋谷ではたらく社長の告白 藤田晋

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