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行き過ぎた「ゾーニング」は異質なものへの不寛容さを醸成する #3 日本の難点

テレビやラジオでもおなじみの社会学者で、東京都立大学教授の宮台真司さん。著書『日本の難点』は、最先端の人文知を総動員した「宮台版・日本の論点」と言うべき一冊。教育、メディア、政治、経済、日米関係、そして幸福とは……。宮台さんの考え方を知るうえで、「最初の一冊」としてもふさわしい本書より、一部を抜粋します。

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表現規制からゾーニングへ

前項の「『他人に迷惑をかけなければ何をしてもOK』か」で述べたように、昨今の社会では「他人を侵害しなければ何をしてもいい」ということの意味が「ゲバルトは許されない」から「たとえゲバルトでなくても他者の生活形式の侵害は許されない」に変わりました。公共の秩序の意味も「共生を可能にするプラットフォーム」になりました。

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こうした変化は、僕が「そうなるといい」と主張してきた方向なので原則的に歓迎できます。でも、迷惑という概念の微妙さとして紹介した通り、「押しつけは許されない」というところが、ややもすると、不愉快なものを見たくないから退場させてしまえという「秩序の押しつけ」になりがちです。

僕はいわゆる猥褻表現をめぐって「表現規制からゾーニングへ」と主張してきました。「この表現はいい、あの表現は良くない」というもはや自明性を欠いた話はやめ、明らかな人権侵害がないのなら「この表現がいいと思う人とあの表現がいいと思う人が、棲み分けされればいい」という主張です。

街の看板だろうがテレビ番組だろうが「不意打ちを食らわないで済む権利」「見たくないものを見せられない権利」を保護する方向で行政的規制を進めるべきで、司法は行政的規制への侵害があったかなかったかだけを議論し、「これは猥褻か否か」みたいなクダラナイ話をするな、という主張です。

幸いにして――と申し上げておきましょう――「表現規制からゾーニングへ」という流れは定着しつつあります。意見証人として裁判に出廷してきた甲斐もあるというものです。ところが「過ぎたるは猶及ばざるが如し」。ゾーニングが行き過ぎることで、いろんな弊害が出てきはじめました。

厳格なゾーニングの弊害とは?

典型が、店舗風俗の規制がもたらす「店舗風俗から派遣風俗へ」の流れですこれは性風俗に関するゾーニングとして合理的に見えます。空間的に住宅街と繁華街を分け、繁華街の奥の院に風俗街を設ける、といった江戸幕府的な手法もあり得ますが、これだと「それでも目障り」という人が出てきます。

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僕の考えでは、何事につけ、多少目障りな程度のゾーニングが最も合理的です。というのは、最も抽象的な結論を言うと、完璧なゾーニングは「多様な者たちの共生」の原則に反するからです。それは共生というより相互隔離に過ぎません。ゾーンの内では包摂どころか徹底的な排除がなされます。

実践的な話をすると、店舗がつぶされて派遣風俗化した結果、個室内で何が行われても野放しになりました。具体的には、第一に、客の暴力が横行し、生本番競争が拡がるなど、「リスクの配置」を制御できなくなりました。第二に、警察の袖の下などの「権益の配置」も、ほぼ不可視になりました。

これではリスクも違法権益も拡がり放題です。非常にまずい展開です。それだけではない。社会を一皮めくれば派遣風俗でますますメチャクチャが横行しつつあるのに、ゾーニングで隔離された住民はますます性的潔癖主義になった上、「公序良俗が保たれている」などと一八〇度勘違いをするのです

こうした具体例で、「多様な者たちの共生」は、それ自体が価値を帯び得るだけでなく、多様化した欲求のガス抜き(による爆発の抑止)やら、リスク配置や権益配置のチェック(による秩序の維持)やら、あれこれと手段的な価値をも帯びることが分かります。厳格なゾーニングはそれを破壊するのです。

「押しつけは許されない」が「秩序の押しつけ」になりがちなこと。「共生」が「隔離」に頽落して、弊害をもたらしがちなこと。総じて厳格なゾーニングがもたらす「隔離」は、異質なものへの不寛容さを醸成し、不安ゆえに神経質な「隔離」をもたらします。これはまずい展開です。

だから、ゾーニングはほどほどに。実際に諸外国を見ると、アングロサクソン(英国と米国)を除く先進国の多くでは、キオスクにも性器丸出しの雑誌が売られているし、職場にセクシーなポスターを貼るのはOKだし、大学教員が女子学生を性的に誘うこともOKです。知らないのはあなただけです。

テレビ番組でも、フランスは夜九時以降、ドイツでは夜一二時以降、性描写OKです。米国がやっきになって導入しようとしている、事前に番組を判定して格付けし機械的に見られないようにするVチップ規制などに見向きもせず、時間規制でやっています。理由は、不意打ちは抑止するが、見ようと思えば見られるようにしておくのがいい、という判断です。

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日本の難点 宮台真司

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