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紫陽花の拷問ランチ シロクマ文芸部

金魚鉢にそっくりの、まあるいフォルムの花瓶。
あざやかなブルーのガラス製で、ふちにはビー玉をつらねたような飾りがついている。
庭の紫陽花を活けるとき、珠湖たまこはかならずこの花器を用意する。濃いピンクと淡い青紫の花をこんもりと。
特別なことはしなくても、すんなりと絵におさまる。

先週、大学の同級生から連絡が来た。とくに親しくはなかったが、相手の認識はちがっていたのかもしれない。
「じつは昔すきだったんだよね」とか言われたら、困るなあ。
珠湖はちょっとおしゃれをして、待ち合わせのファミレスへ向かった。

林はなつかしそうに笑い、親しげに思い出話を語る。だれそれは東京にいるだとか、子どもがふたりできたとか、共通の友人の話で盛り上がる。
が、楽しかったのはそこまで。

注文したカレーが届くと、林は黙りこくった。
その沈黙が唐突すぎてモヤモヤがふくらんだので、珠湖は思いきってわけをたずねた。
林は無表情に「食事中はしゃべらない主義なんで」とのたまう。
向かい合ってふたりで食べる意味とは…?
せっかくの海老グラタンが味をなくした気がした。

真の用件は勧誘だった。あやしさが充満している投資話。「絶対にもうかる」という人間を、珠湖は絶対に信用しないことにしている。
男は領収証を店員に要求した。
すきでもきらいでもなかったが、針先は一気に嫌いに振り切れた。

紫陽花の葉って、有毒なんだよなあ…と物騒なことを考える。
地獄の拷問ランチを放り投げ、はやくあの金魚鉢に会いたい。
きっと紫陽花たちは同情して、ほほえんでくれるだろう。

(おわり)

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#金魚鉢 #紫陽花 #ショートショート #つくってみた #賑やかし帯


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