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街歩き #016 | 東京都港区の旅

東京都港区

 こんにちは。本日ご紹介する街は2022年11月13日に訪問した「東京都港区」です。

 浜松町駅から新橋・虎ノ門方面へ港区の北東部を歩きます。浜松町駅前には旧芝離宮恩賜公園。少し歩いたところにあるのは中央区の浜離宮恩賜公園です。大きな庭園を2つはしごしました。

 浜松町駅前にある旧芝離宮恩賜公園・伊豆小笠原諸島への海の玄関口である竹芝客船ターミナル・汐留にある旧徳川将軍家ゆかりの浜離宮恩賜庭園・日本最初の鉄道の起点旧新橋停車場・新橋繁華街の中にある烏森神社・出世の石段で有名な愛宕神社・大倉財閥の大倉喜八郎が収集した古美術品を展示する大倉集古館・神社の中にオフィスタワーがある虎ノ門金刀比羅宮など…。

 今回は「東京都港区」を歩きます。

旧芝離宮恩賜庭園

旧芝離宮恩賜庭園

 浜松町駅前にあるオフィスビルに囲まれた庭園が旧芝離宮恩賜庭園です。

 国名勝。1678年に老中・大久保忠朝が拝領した下屋敷の庭園として作庭。幕末は紀州徳川家の芝御屋敷。明治に有栖川家が所有後、宮内庁が買い上げ。1876年芝離宮に。1924年庭園を一般公開。

旧芝離宮恩賜庭園 パンフレット

 JR浜松町駅のすぐ隣にある庭園。山手線の駅の側にこれだけの広さの庭園が残されていることに改めて驚きます。

旧芝離宮恩賜庭園 看板
旧芝離宮恩賜庭園 舊芝離宮阯碑
旧芝離宮恩賜庭園 入口

 白鷺がいますね。庭園内を自由に飛び回っていました。庭園の外に出ることはないのかな。あと餌というか食べ物はどうしてるんだろう。

旧芝離宮恩賜庭園

 かつては海面でしたが、明暦(1655〜58年)の頃に埋め立てられ、1678年に老中・大久保忠朝の邸地となりました。忠朝は大久保忠隣の孫・大久保忠世の曾孫です。藩地の小田原から庭師を呼び寄せて作庭しました。

旧芝離宮恩賜庭園 大泉水
旧芝離宮恩賜庭園 雪見灯籠

 大山頂上からの眺め。大泉水が一望。背後のオフィスビルと相まった風景がいいですね。都会のオアシスという感じです。

旧芝離宮恩賜庭園 大山頂上から
旧芝離宮恩賜庭園 大山頂上から

 湖の中にある中島へは西湖の堤を通って渡ることができます。

旧芝離宮恩賜庭園 中島・西湖の堤

 中島の奥の風景もいいですね。西湖の堤の上から撮影。

旧芝離宮恩賜庭園

 中島から見る浮島。かつては海水を引き入れた潮入りの池でしたが、現在は淡水の池です。

旧芝離宮恩賜庭園 浮島

 砂浜の一画もありますね。潮入りの池だったことを少しだけ偲ばせます。

旧芝離宮恩賜庭園 砂浜
旧芝離宮恩賜庭園 砂浜
旧芝離宮恩賜庭園 石柱

 潮入りの池に海水を取り入れるために設けられた水路跡です。現在は海とのつながりは絶たれています。

旧芝離宮恩賜庭園 海水取水口跡
旧芝離宮恩賜庭園 ポストカード

竹芝客船ターミナル

竹芝埠頭

 浜松町駅から徒歩10分。竹芝客船ターミナルはゆりかもめ竹芝駅前にあります。

 伊豆・小笠原諸島への海の玄関口ですね。浜松町駅から意外と近い。中央広場の入口にあるのはイースター島のモアイ像をモデルにした新島名物のモヤイ像。渋谷駅前・蒲田駅前と並ぶ23区内の三大モヤイ像の一つです。

竹芝客船ターミナル モヤイ像

 埠頭公園には結構人がいましたが、出発ロビーは閑散としています。客船も1日に数本しかないようですね。

竹芝客船ターミナル 出発ロビー

 埠頭からの風景がいいですね。先に見えるのはレインボーブリッジです。

竹芝埠頭

 対岸は勝どきの倉庫とタワーマンション群です。東京らしいリバーサイド風景ですね。

竹芝埠頭

浜離宮恩賜庭園(中央区)

浜離宮恩賜庭園

 竹芝客船ターミナルから徒歩15分。汐留にある旧徳川将軍家の庭園が浜離宮恩賜庭園です。

 国特別名勝・特別史跡。1654年徳川将軍家の鷹狩場に4代将軍家綱の弟・松平綱重が別邸建築。綱重の子が6代家宣となり"浜御殿"と呼ばれるようになりました。明治に皇室離宮となり"浜離宮"に。1946年一般公開。芝離宮同様に周辺の高層ビルを背景にした広大な庭園です。

浜離宮恩賜庭園 パンフレット

 大手門橋を渡り庭園内に入ります。浜離宮恩賜庭園は四方を東京湾と川に囲まれた庭園です。

旧浜離宮恩賜庭園 庭園碑
浜離宮恩賜庭園 大手門

 鷹の御茶屋は2018年に復元。徳川将軍家の鷹狩場だったということで史料に基づいて復元されています。鷹部屋も再現されていますね。

浜離宮恩賜庭園 鷹の御茶屋
浜離宮恩賜庭園 鷹の御茶屋
浜離宮恩賜庭園 鷹の御茶屋

 潮入の池。海水を引き入れ、潮の干満によって池の趣が変わる様式。都内の江戸庭園では唯一現存する海水の池です。

浜離宮恩賜庭園 潮入の池

 紅葉が色づいていますが、すでに日焼けが始まっており、紅葉の季節も峠を超えてきました。

浜離宮恩賜庭園 潮入の池

 潮入の池の中にある中島の御茶屋は1983年に再建されたもの。こちらでは茶屋に上がり、和菓子と抹茶をいただきながら風景を楽しむことができます。

浜離宮恩賜庭園 中島の御茶屋

 多くの水鳥が水面で羽を休めていますね。なんとものどかな都会のオアシス。

浜離宮恩賜庭園 潮入の池
浜離宮恩賜庭園 潮入の池

 富士見山からの潮入の池風景。背景のオフィスビルと相まって独特の風景が作り出されています。

浜離宮恩賜庭園 潮入の池

 東京湾からの海水の出入りを調整する横堀水門。潮入の池への海水の出入りを調整する唯一の水門です。

浜離宮恩賜庭園 横堀水門
浜離宮恩賜庭園 横堀水門

 横堀水門から少し進んだ所にある将軍お上がり場。将軍が船に乗降する場所でした。鳥羽伏見の戦いに敗れた15代将軍徳川慶喜は、老中の板倉勝静や会津藩主松平容保らと共に開陽丸で密かに大阪城を脱出。江戸帰還の際に上陸したのがこの将軍お上がり場でした。

浜離宮恩賜庭園 将軍お上がり場
浜離宮恩賜庭園 将軍お上がり場

 庭園の中央に広がる庚申堂鴨場。中心部には立ち入ることができませんが、中は鴨場として池が広がっています。

浜離宮恩賜庭園 庚申堂鴨場

 鴨猟の方法がなかなか興味深い。囮のアヒルを池に放ち、木板を打ち鳴らすことで飼い慣らされたアヒルを引堀に誘導。つられて引堀に入ってきた水鳥を狙って鷹を放ち、鴨猟を行うという流れです。結構手の込んだ鴨猟方法ですね。

浜離宮恩賜庭園 鴨猟の方法 看板

 出入口の大手門近くにある三百年の松。6代将軍家宣が庭園を大改修した際に植えたものと伝わります。

 浜離宮恩賜庭園は、元々は1654年に甲府藩主松平綱重の別邸として建立された甲府浜屋敷。綱重は3代家光の三男で4代家綱の弟・5代綱吉の兄にあたります。綱重の子である綱豊は、子のいなかった綱吉の養子となり6代将軍家宣として将軍職を継ぎました。

浜離宮恩賜庭園 三百年の松
浜離宮恩賜庭園 ポストカード

旧新橋停車場

旧新橋停車場

 浜離宮恩賜庭園から徒歩10分。汐留に旧新橋停車場があります。

 1872年日本最初の鉄道起点として新橋駅開業。1914年旅客営業廃止。貨物線汐留駅に改称。旧烏森駅が新橋駅に。86年貨物営業廃止。2003年開業当時の駅舎を再現した"旧新橋停車場"開館。国史跡の"0哩標識"はモニュメントとしてレールと共に設置されています。

旧新橋停車場 駅舎玄関遺構
旧新橋停車場 駅舎玄関遺構

 1870年測量の基点となる第一杭がこの場所に打ち込まれました。1936年に日本鉄道発祥の地として"0哩標識"と約3mの軌道が復元されました。1965年「旧新橋横浜間鉄道創設起点跡」として国史跡に認定されました。

旧新橋停車場 0哩標識・創業時の線路

 現在の新橋駅は旧新橋停車場から5分程離れた場所にあります。1872年の鉄道開業から2022年でちょうど150年。

新橋駅

 新橋駅西口広場はSL広場として有名ですが、SLが設置されたのは1972年のこと。ちょうど鉄道開業100年目の年でした。

新橋駅前 SL広場

烏森神社

烏森神社

 新橋駅からすぐの場所にある烏森神社。駅前の飲食店街の中にある神社です。

 940年平将門の乱の鎮圧に向かう藤原秀郷が戦勝祈願。平定後に神社を創建したものと伝わります。椙森神社・柳森神社と併せて"江戸三森"と呼ばれ、古くから栄えました。新橋駅前の繁華街の中にある神社。社地は広くありませんが、いつも参拝者で賑わっている神社ですね。

烏森神社 本殿
烏森神社

 新橋駅前の飲食店街の中にある神社。参道も飲み屋街の中にあります。

烏森神社 参道

 カラフル御朱印の先駆け的存在の烏森神社。今は書き置きの御朱印ですが、かつては直書の美しい御朱印で、いただいて嬉しかった記憶があります。

烏森神社
烏森神社 御朱印

愛宕神社

愛宕神社

 烏森神社から徒歩15分。東京23区最高峰の愛宕山の山頂にある神社が愛宕神社です。

 1603年徳川家康の命で創建。曲垣平九郎が馬で昇り降りした"出世の石段"が有名ですね。上から見ると急な石段でかなり怖い。西郷隆盛と勝海舟が江戸総攻撃回避を話し合った場所とも言われています。23区最高峰の愛宕山から江戸市街を見下ろし会談したと考えるとなかなか絵になる光景ですね。

愛宕神社 出世の石段
愛宕神社 本拝殿
愛宕神社 本拝殿

 境内整備のため、しばらく池の鯉もバカンスに出かけるのだとか。鯉のバカンスか。

愛宕神社
愛宕神社 御朱印

大倉集古館

大倉集古館

 愛宕神社から徒歩10分。虎ノ門のホテルオークラの前にある美術館が大倉集古館です。

 1917年開館。大倉財閥の大倉喜八郎が収集した古美術を収蔵・展示する美術館。国宝3点・国重文13点を含む美術品を収蔵。中国風の建物は伊東忠太設計。国宝・普賢菩薩騎象像を展示した企画展を目当てに訪問しました。

大倉集古館

 建物の前には大倉喜八郎の銅像がベンチに座っています。実寸よりもかなり大柄の銅像です。

大倉集古館

 < 企画展 信仰の美 >

企画展 信仰の美 パンフレット

 大倉喜八郎は明治の廃仏毀釈により寺社から文化財が流出・廃棄される状況を憂い、文化財保護に尽力しました。注目の展示は"国宝・普賢菩薩騎象像"。大倉集古館を代表する作品です。平安後期の木像ですが来歴不明。普賢菩薩は白象の上に乗っている姿で表現されることが多いですね。

企画展 信仰の美 パンフレット
国宝・普賢菩薩騎象像(大倉集古館)

虎ノ門金刀比羅宮

虎ノ門金刀比羅宮

 大倉集古館から徒歩10分。近代的なオフィスタワーの下にある神社が虎ノ門金刀比羅宮です。

 旧府社。1660年讃岐丸亀藩主・京極高知創建。讃岐にあった金毘羅大権現を芝三田の藩邸内に勧請。79年藩邸移転に伴い現在地の虎ノ門に遷座。ビジネス街の中の神社で境内に大きなオフィスタワーが建っています。四神が施された鳥居が素敵ですね。

虎ノ門金刀比羅宮
虎ノ門金刀比羅宮 鳥居

 境内に建つ虎ノ門琴平タワー。地上26階建のオフィスタワーです。神社の境内にオフィスタワーが建っているというのもなかなか珍しい。社務所はタワーの1階にあります。

虎ノ門金刀比羅宮 社号標
虎ノ門金刀比羅宮 社務所

江戸城外堀跡石垣

江戸城外堀跡石垣

 虎ノ門金刀比羅宮から徒歩5分。虎ノ門駅直結の文部科学省の前に江戸城外堀跡石垣があります。

 国史跡。1636年建造。佐賀藩主・鍋島勝茂らによって作られたものと伝わります。2004年の発掘調査で発見。虎ノ門駅連絡通路と文部科学省構内に展示スペースがあります。虎ノ門は外堀から江戸城への入口だったんですね。近くの溜池も外堀由来の地名です。

江戸城外堀跡石垣
江戸城外堀跡石垣
江戸城外堀跡石垣

小さな旅の終わりに

旧芝離宮恩賜庭園

 浜松町駅ホームの小便小僧。秋の火災予防運動で地味に鎮火活動中。小便小僧の起源はブリュッセル。反政府軍がしかけた爆弾の導火線に小便をかけて火を消し、町を救ったというジュリアン少年がモデルとのこと。

浜松町駅 小便小僧像
浜松町駅 小便小僧像パネル

 浜松町といえば文化放送。文化放送の顔である吉田照美さんと大竹まことさんの大きな看板です。♪文化放送、文化放送、JOQR〜。

 浜松町駅前の旧芝離宮恩賜庭園。水面に映る高層ビルの青も美しい。

旧芝離宮恩賜庭園

 竹芝埠頭に新島名物モヤイ像。南国気分満載ですが小笠原諸島は東京都内です。

竹芝客船ターミナル モヤイ像

 ”銀座に残された唯一の鉄道踏切信号機”という浜離宮前踏切。ポツンと踏切だけが残されています。かつては築地市場に向けて貨物線が走っていたそうです。

浜離宮前踏切

 愛宕神社の出世の石段。馬術の達人であった曲垣平九郎は讃岐高松藩・生駒高俊の家臣でしたが生駒家はお家騒動で改易に。その後、平九郎は最終的には浪人で生涯を終えたという話です。

愛宕神社 出世の石段

 讃岐丸亀藩・京極高知創建の虎ノ門金刀比羅宮。生駒騒動後にできたのが丸亀藩。虎ノ門は讃岐に縁がありますね。

虎ノ門金刀比羅宮

 Rihannaの6年ぶりの新曲 ” Lift Me Up "。映画 " Black Panther: Wakanda Forever " のサントラ曲です。

 シンプルな歌詞が逆に壮大さを感じさせますね。" Lift me up(抱き上げて)Hold me down(しっかりと抱えていて)Keep me close(近くに引き寄せておいて)Safe and sound(安心していられるように)"。Rihannaの伸びやかな歌声が心に響く曲です。

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