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ビジネス法務・2024年5月号

ビジネス法務・2024年5月号が出たので気になった記事を感想とともに簡単に紹介します。

特集1 秘密保持契約のベストプラクティス

秘密保持契約(NDA)は、民法では全く言及のない非典型契約でありながら、企業法務の世界では最も目にする契約書のうちの一つです。

今回のビジネス法務の特集では、NDAという企業法務の基本的な契約について整理することができました。

特に、鮫島正洋先生の記事である「秘密保持契約の心得」において、VUCAの時代において「軽くスピーディな」NDAの締結が示唆されていることは新たな気づきでした。

NDAと一口に言っても、M&Aの交渉に付随して締結される重要なNDAから、取引開始の検討として締結されるあいさつ代わりのものまで、対象とされる取引によって重要性が全く異なります。

このようなNDAの締結される場面に応じて、NDAの内容や検討にあたっての法務スタンスも異なることは当然ではないでしょうか。

そして、NDA締結の機会の多い取引開始の検討にあたってのNDAに関しては、同記事にあるように「6か月」という有効期間のNDAをスピーディに巻いて取引を進める、というのは、素早いビジネス展開の求められる現代の要請に合致するように感じられました。

なお、以前私はNDAの重要性について懐疑的な記事を書いたことがあります。

これに対して、田中勇気先生の「営業秘密防衛の観点からみたNDAのポイント」の記事における以下の指摘は、身につまされるものがありました(笑)

NDAについて、実務上しばしば耳にする言説が、「NDAがあっても、実務上、それだけで差止請求などが実際にできるわけでもないのだから、どこまでこだわる必要があるのか」というものである。(中略)
しかしながら、そのような言説は、必要条件と十分条件を混同しているきらいがあり、営業秘密防衛を図るにあたっては致命的にもなりかねないことに注意が必要である。すなわち、NDAというのは、実務上における差止請求や刑事告訴などの実効的な救済手段をするうえでの必要条件ではあるが、十分条件ではないということである。NDAという必要条件を満たしていなければ、そもそも「門前払い」をされてしまいかねない。加えて、NDAにおいて機密記録媒体の取扱いルールを具体的に定めてあればあるほど、そのようなルールに真正面から反したということで、例えば刑事告訴の受理に向けた警察への説得がやりやすくなったりもするのである。

ビジネス法務・2024年5月号 35頁

実務解説 海外法務ニュース2024

実務解説のコーナーにおける「海外法務ニュース 2024」も、世界各国における法制度の概観が紹介されており、興味深いものでした。

企業法務の観点からは、ITビジネスの国際化に伴う法務対応に役立つ記事でした。
すなわち、これまではグローバル企業を除く企業法務といえば国内法への対応だけで足りていたのが、インターネットは国境を容易に超えてしまうため、国内でのITビジネスの法務であっても海外法制を含めた対応を迫られるケースが増えているのです。

例えば、2018年にEUで施行されたGDPRへの対応に苦慮した日本企業は少なくないでしょう。私自身も、GDPRやCCPAに対してどのように対応すべきかを検討した経験があります。

例えばこの記事では、Brexit以降の英国国内法の法制度について紹介されていました。

すなわち、EUの所属国家に対しては、EU法・EU判例法が各国国内法に優先する原則があるのですが、2024年以降の英国では、Retained EU Lawの施行により、約600のEU法の全部又は一部が撤廃され、撤廃の対象とならなかった法令(GDPR等)は英国国内法として取り扱われることになるようです。

国家を超えた法律制度を構築したEUならではの興味深い議論でした。

特集2 2023重要判例まとめ・後編

前号に引き続く2023年に出された重要判例のまとめ記事の後半です。
今月号では、知的財産法や労働法、個人情報保護法関連の事案等、IT企業の法務パーソンにとっては必ず知っておくべき判例の紹介がなされています。

個人的には以下の2つの裁判例が特に重要だと感じました。

「特許法/コメント配信システム事件」(知財高判令5.5.26)

この裁判例は、「コメント配信システム」の発明の特許権を有する原告(控訴人)が、被告(被控訴人)による米国内にあるサーバから日本国内のユーザ端末にファイルを送信する行為が被告のシステムの「生産」に該当し、特許権を侵害すると主張して損害賠償を請求した事案です。
第一審(東京地裁)では、属地主義の原則を重視して原告の請求は棄却されましたが、この知財高判の判断では、ユーザ端末が国内にあることを重視して原告の請求が認められました。

侵害行為の一部が海外で行われている場合における特許権侵害の有無という、インターネットの出現によって生まれた新たな論点ですが、この点に関する今回の知財高裁の判例は重要な先例としての価値を持つこととなるでしょう。

「著作権法/新聞記事の社内イントラでの共有について損害賠償が認められた例」(知財高判令5.6.8)

新聞社である原告(控訴人)が、事業会社である被告(被控訴人)が原告の新聞記事社内イントラネット上にアップロードして従業員等によって閲覧できる状態としたことが、その著作権を侵害するとして不法行為による損害賠償を求めた事案の控訴審判決です。

第一審(東京地裁)では合計829件のアップロードを認定し、合計459万5000円の損害を認定したことに対して、この知財高判ではさらに高い合計696万円の請求が認容され、損害賠償額の増額が認められました。

その理由として、具体的に何件のアップロードされたかについての客観的証拠がない中で、判決が認定できると判断した477件の2倍のアップロードが行われたと推認された点に特徴があります。

つまりこの事案では、著作権侵害行為が社内イントラネットで行われたという外部からエビデンスを集めにくい特徴があったことから、訴える新聞社の立場を考慮し、裁判所が裁量の範囲内で適切な事実認定をしたことになるのです。

企業法務に携わる者にとっては、社内の著作権侵害行為を発生させないようにする教訓になる判決です。

会社によっては、ついついSlackや営業資料といった社内資料において、新聞記事や書籍、アニメのキャラクターといった著作物の利用がなされるケースがありますが、社内であっても著作権コンプライアンスをしっかりと守らなければ現実の訴訟リスクがあることを身に染みて体験させる判例ですね。

2024年5月号・まとめ

今月号のビジネス法務も、企業法務パーソンにとって役に立つ記事で構成されていて大変参考になるものでした。

日々の仕事をこなしながら最新の知識を身に着けるのは大変ですが、ビジネス法務では国際法務からNDAまで幅広いトピックがカバーされています。

忙しい法務パーソンこそ、毎月のビジネス法務で最新の法律論点をアップデート習慣化することをお勧めします。


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