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企業間のNDAって意味ある?

企業法務に従事していると、最もレビューする機会の多い契約書の一つが企業間取引におけるNDA(秘密保持契約:Non-Disclosure Agreementの略)です。

法律事務所時代、企業間の訴訟案件メインのキャリアを歩んできたこともあり、企業間のNDAの作成・レビューに関わった案件数は決して多いとは言えません。

企業内弁護士として働き始めて、日常業務において接するNDAのあまりの機会の多さに驚いた(そして辟易とした)ものです。

その中で抱いてきた大きな疑問として、「果たして企業間のNDAって意味があるのか?」という単純かつ根本的な問いです。

NDAは意味があるのか?という疑問の背景

新規に企業間の取引に入る際に(あるいは検討を行う際に)、NDAの締結を必須ルールとしている企業は多いでしょう。
その際、自社のひな型を使うか、先方雛形の場合は法務レビューを通すことが取引開始のルールとされているのが一般的だと思います。

そんな常識のようにやり取りされているNDAについて、私が「そもそもNDAって意味があるのだろうか?」と感じた背景は、2つあります。

背景①「情報取扱部門と契約チェック部門の分離」

まず一点目は、情報を取り扱う事業部門とNDAをチェックする法務部門の分離です。

つまり、実際に情報を取り扱うのは取引を行っている事業部門となります。

しかし、事業部門の担当者が、自社から提供する情報のうちどれがNDAでカバーされるのか(あるいはされないのか)、取引相手から情報を受け取った場合に、どこまでNDAを理解したうえで情報を管理しているのか、疑問に感じることが多かったのです。

これでは、法務担当者がいくらNDAを丁寧にチェックして自社に有利なNDAを締結しても絵に描いた餅となってしまいます。

さらに、法務サイドにおいても、NDAの対象となる実際の取引において、どのような情報をやりとりするのか、きちんと把握しなければ必要十分なNDAを作成することは難しいのが実情です。
しかし、法務部門において一般的にNDAのレビューの重要性は高くないため、具体的な情報の流れまで含めた取引の詳細まで把握したうえでNDAをレビューしている法務パーソンはどれほどいるでしょうか?

こうした状況から、NDAの作成・レビューに携わる際に、情報取扱部門とNDAのレビューを行う法務部門が、NDAの対象となる情報において、必要十分な認識を共通できていないと感じる経験が多いと感じました。

これが、NDAの意義を疑問視する背景の1点目です。

背景②「企業間のNDAで実際に紛争になることはほとんどない」

訴訟弁護士のキャリアを経てきた私がNDAの重要性において疑問を感じた大きな理由は、「NDAがそれ自体で紛争になることはほとんどない」、というものです。

実際に、判例検索システムを利用して企業間で締結されたNDA自体に基づく請求やNDAの有効性が争われた裁判例を探しても、その数は極めて少ないのが実情です(以下のWEB記事も参照)。

企業間のNDAに関する紛争が顕在化しない理由として、①そもそもNDAで保護される秘密情報の目的外利用や第三者への漏洩の証明が極めて難しい、②NDA違反があっても実際に(裁判で請求できるほどの)損害が発生しているケースがほとんどなく、損害の証明も難しい、③契約の相手方にしか請求できず、秘密情報の転得者に対して請求ができない、といった事情があるのでしょう。

裁判実務上、NDAが問題となる場面とは、企業間の営業秘密に関する紛争においては、不正競争防止法における「営業秘密」保護の文脈が多いようです。

その理由として、不正競争防止法による「営業秘密」は次のようなメリットがあるからです。
①契約の相手方以外の転得者に対しても差止等の請求が可能であること(不競法2条1項8号・9号)、②不競法では、営業秘密の使用の推定規定(不競法5条の2)、書類の提出義務(不競法7条)といった営業秘密の使用の立証を軽減させる制度、③損害額の算定規定(不競法5条1項~3項)、書類の提出義務(不競法7条)、損害額計算のための鑑定(不競法8条)といった損害額の立証軽減のための制度が用意されているのです。

このように実務上、単体で紛争になる可能性がほとんどないNDAについて、果たしてどの程度の意味があるのか、という疑問が、私が企業内弁護士としして経験を通じて湧いてきたのです。

上記の通り、不正競争防止法による保護は充実しています。一方で、不競法の「営業秘密」による保護を明確な目的としてNDAを締結しているケースも少ないように感じられたのです。

契約書が紛争予防のためにあるならば、紛争になる可能性がほとんどないNDAという契約書について、レビューする意味、そして、締結する意味はどこにあるのでしょうか?

NDAは本当に意味がないのか?

それでは、NDAは本当に意味がないのでしょうか?

教科書的な意味

「法律の教科書」的にいえば、NDAを締結する意味において、情報を開示する側にとっては、以下のメリットがあるとされています。

①相手方が秘密を保持し、目的外に情報を利用しないよう規律することができる。
②相手方が秘密保持の約束を破った場合に、不正競争防止法により保護される「営業秘密」・「限定提供データ」に該当することを主張・立証できなくても、秘密保持契約の違反(債務不履行)を理由に損害賠償・行為の差止めを請求することができる。
③秘密保持契約が、「営業秘密」の要件である「秘密管理性」を補強する材料として機能する結果として、「営業秘密」の流出・漏えいに関して、不正競争防止法に基づく損害の推定規定・行為の差止めを利用できる可能性や、刑事上の保護を受けられる可能性が高まる。

中央経済社・秘密保持契約の実務(第2版)森本大介・石井智也・濱野俊彦編著・3頁

このうち、②に関しては実際にほとんど裁判例がないこと、数少ない裁判例においても「不正競争防止法に定める営業秘密の要件を満たさない情報について、契約上も特別な義務を負わせることは認められない」とされています(「大阪地判平成24年12月6日」裁判所HPより)。
そもそも、NDAに基づき損害賠償や差止めを求めるには、秘密保持義務違反という立証のハードルが極めて高いのです。

そのため、単体でNDAを締結したとしても、②の「営業秘密」「限定提供データ」該当性を主張・立証できない場合には、NDAに基づき損害賠償・差止めを請求することは極めて難しいと考えられます。

このことからすれば、実務上は不正競争防止法による「営業秘密」「限定提供データ」としての保護を受けるための前提条件としてNDAが意味を持つことになります。

ビジネスマナーとしての意味

NDAに法的に即効性のある大きな効果が得られないとしても、ビジネスマナーとしてのNDAはやはり重要であると感じます。

情報やデータがビジネスにおいて大きな価値を持っている現代社会において、法的な議論云々はさておき、情報管理に関する企業姿勢はビジネスで信頼を得るという点において大きな意味を持ちます。

情報・データの受け渡しをする際に、NDA締結の姿勢を大切にしない企業は社会から信頼を得られないでしょう(そして、そのような企業は結果として情報をうまく取り扱うことはできないでしょう)。

M&Aといった重要な取引におけるNDAであればともかく、そうでなくとも、NDAの取り交わしによって情報の取扱いを適切に行っていますよ、というビジネスにおける挨拶の意味として、NDAの締結はビジネスマナー的な意味があるのではないでしょうか。

NDAに実効性を持たせるために

以上の通り、NDA単体を取り上げて、法的にとても重要な秘密保持契約というのは、あまり存在しないのが実情ではないか、と感じています(M&A等の特殊な取引を除く)。

もっとも、機微な情報を取り扱う際に、不正競争防止法における保護が適切に受けられるようNDAで「秘密情報」性を担保させることは、法的に重要な意味があります。
また、情報を取り扱うのが事業部門である以上、単にNDAをレビューするだけでなく、NDAの秘密保持義務はどのような情報がカバーされるのか、研修や日々のコミュニケーションを通じて担当部署に理解してもらうことも同じく大切なこととなります。

NDAに実効性を持たせるために、法務部門としては、単にNDAをレビューするだけでなく、事業部門の情報管理の意識を高め、情報管理において紛争が起きた場合に備えて不正競争防止法に基づく「営業秘密」の保護を受けられる体制を構築することが大切ではないか、というのが本記事の結論となります。

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