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異形者達の備忘録-29

腓返り(こむらがえり)

私はユリリ、女子高生です。4月はずっとお留守番です。両親は、母のリハビリも兼ねての花見&温泉旅行に出かけました。冷蔵庫の中にいっぱいの食料、多めのお小遣いと、初めは開放感で、幸せいっぱいでした。でも春休みは1週間もある。退屈したので駅前の公園に出掛けてみた。

その日は晴天で気持ちよく、カフェとか1人で入ったことも無いし、本と、保温水筒と、ついでにウグイス餅を二つ持って、出掛けてた。公園のベンチは、風が気持ちよくて、しばらく何にもしないで風景を眺めていた。

ベンチの向かい、遊歩道を挟んだ木陰に、車椅子が見えた。小さなお婆さんが座っている。ん!? 肘掛けを掴んで反ったり、前屈みになったりしている。目が合うと、困ったように微笑むのだ。これは何かある。

飛んで行って声をかけた。「あの、どうかされましたか?」お婆さんは「あぁ、足が、腓返りで、よく色んな箇所がつっちゃうのよねぇ、アイタタタ〜」こりゃイカン! 私はリュックを傍に置き、お婆さんの痛む足先を掴み、ゆっくり膝側に押し続けた。少しするとお婆さんは「ああ、楽になったわ、もう大丈夫、はぁー」と言った。私はほっとして、水筒を出し「熱ッい、お茶飲みます?お茶菓子も有るんですよ」彼女は「嬉しい、頂きたいわ」と言うので、テーブルのあるコーナーへ車椅子を移動させようとしたら、なんと近くの木にチェーンで固定されている。車椅子の安全ベルトもしっかり止められている。???と言う顔をすると、「ああ、これねぇ ヘルパーの方が心配性って言うか、完璧主義って言うか、なのよね」と言うので、仕方なくお茶を手渡し、私は立ったまま2人で鶯餅を食べた。お茶をフーフーしながら、美味しいと言って食べてくれた。その時ヘルパーらしき人が来た。お婆さんは「あらリタさん、ごめんなさいね、お友達に会ったものでね」と、ちょっとアタフタして見えた。なので、「こんにちは、リタさん、いつもお世話様です」と言っておいた。リタさんは、ペコリとこちらに挨拶すると「吉田さん、こんなに熱いもの飲んで火傷したら大変です。カロリー計算だってしっかりしてるのに、ダメですよ」という、声は大きいし、とても失礼だ! ベンチで傍観していたお爺さんも、驚いてこちらを睨んでいるぜ!

「時間なので行きます」と、ロックを外し、帰ろうとするから「明日も来ます?」と声をかけた。「はい、来ます」と言う吉田さんと、「来ないです」と言うリタの声が同時に聞こえて、車椅子はドンドン遠ざかって行った。

マンションに戻って、車椅子の背中のロゴ、緑風園という施設を調べてみた。家から通りを挟んで、1キロぐらいの所にある、私設の養老院であった。ホームページには、楽しげな風景と、外国人ヘルパーを受け入れ、グローバルな展開で人手不足も無く、マンツーマンつまり1人に1人のヘルパーが付いていると、書かれていて、ふーんと思ったが、吉田さんの辛そうな様子が気がかりだ。

翌日、1日中公園に居たのですが、車椅子は来なかった。吉田さんが心配なので、電話してみました、所長の亀田さんが応対してくれて、公園でのことをお話しし、心配だし、おいしい和菓子をご馳走したいので、訪問して良いかと聞き、身分証明の意味で、宮下駅前の和菓子屋の娘だと名乗り、了解を得た。

和菓子の詰め合わせを2つ持ち、保温水筒も用意して、午後1時、緑風園を訪問した。来訪時間帯に行ったので、亀田さんが出て来てくれました。詰所で大きい方の包みを差し出し「美味しいので食べてください」と挨拶し、案内されて吉田さんの部屋へ、広くて、自宅から持ち込みの家具もあるみたいで、けっこう豪華で自由な雰囲気だ。吉田さんはとても喜んで、「来てくれるなんて、嬉しい! 夢見たい」 後ろから亀田さんが「あら、リタさん、休憩時間はちゃんと休憩してね、さあ行きましょう」と促すが、「いいえ、私は休憩いりません、お客様ならお茶の準備します」と言うのだ。私が「お茶持って来たし、ゆっくり休んでください」と言うと、リタさんは亀田さんに背中を押されて退出して行った。

吉田さんは、フ〜ッと、ため息をついて、「ありがとうね、えっと、お名前伺ってるかしら?」「アハハ、ユリです。宮内ユリです。和菓子屋の娘です」私は湯呑みを借りて、チャッチャとおやつの準備をした。楽しく食べていると、軽くノックが聞こえて、リタさんが入って来た。「吉田さん、シーツを変えますね」と言って、ベットのシーツを剥がしだした。今朝変えたばかりよ、と言いながら吉田さんはこちら側に歩いてくる。私が「あれ、歩けるんですか?」と言うと、「ええ、まだまだ歩けるわよ、だからねぇ、お散歩はゆっくり1人で出掛けたいのよ、」と言うので、「じゃあ明日は私が迎えに来ますよ、春休みだし」と言った。するとリタさんは「怪我をしたらどうするんです、私は心配です」と大きな声を出した。吉田さんは私の腕をギュッと掴むと、ちょっと震えながら「あなたはヘルパーなのよ、私が頼まないことまでしなくていいのよ、食事だって自分で食べたいの、散歩だって自分で行くわ」と言った。私は、コクコクと大袈裟に頷いた。

リタさんは「吉田さんが、楽できるように、一生懸命に働いているのに、どうして分からないのですか」吉田さんも負けていません、私を掴む腕には更に力が入っています。「でも、楽と楽しいは違うのよ! 私は楽しい老後を望んで、此処に来たのよ、リタにも休憩時間や、休みの日には、自由に楽しんで欲しいのよ、分かる?」と言った。リタは「吉田さんが1人で居て、怪我をしたら私の責任です。きっと解雇されます。外国人だし」「それは無いわ、どんな時でも、私の起こした事故は私の責任なのよ、自由のない安全なんか要らないのよ」

吉田さん、ちゃんと言った。リタさんは、シーツもそのままに部屋を出て行ってしまった。「アハハ、ユリちゃんごめんなさいね、でも居てくれてありがとう」と言いながら、ガクガクになっている吉田さんを座らせて、熱いお茶に入れ替えた。震えが止まらない手を伸ばして、鶯餅をもう一つ頬張る吉田さんが、何だか可愛かった。そして、やっぱりノックの音が、

吉田さんが、どうぞと言うと、亀田さんが後ろにリタを連れて入って来た。ちょっとお話しさせていただけるかしら? 亀田さんは、何か言おうとするリタを制して、吉田様 聞かせてください、と言った。

「すみません、文化の違いとか大袈裟な事じゃ無くて、自由が欲しいだけなの、主人が亡くなって、自分で決めて此処に来たのに、どうにも苦しくって」シクシクと泣き出したリタに私は、単刀直入に聞いてみた。「どうしてリタは、ずっと吉田さんに張り付いているの?」リタは「私の家は貧しくて、母が1人で働いて私達を育ててくれました。病気になっても治療も受けられずに亡くなりました。母と吉田さんが重なってしまって」吉田さんは「それなら尚更よ、私がリタの母親なら、こんな年寄りに構ってないで、休憩時間は休んで、休日も遊びに行ったり、自由に楽しんで欲しいわ」亀田さんは所長の顔になり、「休日も、此処に居たのですか? 吉田様、すみません担当変更しましょうね」と言った。

吉田さんはすぐに「いーえ、それは困ります。私はリタさんが良いの、私の自由を少し叶えてくれたら、それで良いのよ、子供も無くて、主人だけ見て来た専業主婦だったから、初めはリタの過保護が嬉しくて、亀田さん、これからは私も、ちゃんと言うから、リタの担当を変えないでください」亀田所長は、リタに「リタさん、出来る?」と聞くと「はい、規則通り休憩します。お休みも取ります。」と言った。2人が部屋を出ると、吉田さんが「ユリちゃん、本当にありがとう、私ね、此処にいるのが辛くなったらどうしようって、とても怖かったのよ、でもおかげで大丈夫そうだわ」「良かったですね、春休みで退屈だから、明日も来ますよ」と言うと、とても喜んでくれた。飾り棚の上に、ご主人とツーショットの写真を見つけて、ビックリ! あれ、この人はあの時公園で、こちらを睨んでいたお爺さんだ。そのことは吉田さんには言わないでおこう、窓から「またねー!」と、手を振る吉田さんの横には、笑顔のお爺さんが ちゃんと居た。

さて、今日の夕ご飯は、お蕎麦屋さんのカツ丼にしようと思う


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