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強面/こわもて 第5章

ジロさんは謎の人!

様々な交通機関を乗り継いで、指定場所に半日も早く着いてしまい、海の見えるベンチで、ほっと一休みし、綾部さんがコーヒーを買いに行っている間に、送られて来た大型船の写真を見ていると、2人のイタリア人が笑顔で近付いて来た。船の写真を指差して、俺のフルネームを言うので、関係者かと思い、立ち上がって握手をした。 その時、両脇腹に銃を突きつけられた。小声で、「そのまま、真っ直ぐ進め」と言われた。遠目に、綾部さんがコーヒーを両手に持って、こちらに歩いてくるのが見える。 彼が声を上げることも、走ることも無かったので、こちらの異変には、気付いていると思った。

2人に連行された先は、細い汚い路地裏の、小洒落た酒場だった。店内には16人ほどの客が、一斉にこちらを向きヒソヒソと話している。「コイツ本当に日本人か?やけにデッカイじゃないか」などと言っているから、多分、全員が仲間、という事だろう、これは不利? イヤイヤ脇腹に突きつけられた銃口が、金属ではないと、とっくに気がついていた。人目の多い公園で、騒ぎになるのは避けたかったし、俺たちは、船を買いに来ただけなのだから、それより、船の写真と、俺の名前を知っていた事から、今日会う予定だった。俺の知り合いの安否が気にかかるのだ。

店内で、椅子を勧められた。その時、左右の腕を絡め取っていた2人の腕が離れた。今だ!! と思い、それぞれの手首を掴んで、小手投げをお見舞いした。2人は吹っ飛んで転がった。続けて、転がり落ちたパイプを踏み潰し、重量があるテーブルを少し持ち上げておいて、ダンッ! と床に落とし、「で!?どういうことなのか説明しろ」と慣れないイタリア語で怒鳴った。連中が固まる中。カチャッという音がした。見れば、カウンター内から、こちらに銃口を向けている男が1人。銃口は僅かに震えている。行ける! 動こうとした瞬間、男は銃をカウンターに置いて遠くへ滑らせた。 背後から綾部さん、SIG P230/シグザウエル-ハンドガンを構えての登場である。(うゎ、カッコイイ)そう思ったよ、

そこであった事は、話し合いではなく、彼等の自白となった。

連中は、買取希望した船の乗組員でした。前の古い船から同じメンバーであったそうです。船長は日本人で、船主でもあった。彼の名前は吉岡哲夫といい、俺の先輩の父親である。先輩は現在自衛官で、洋上勤務なので、中々会えないのだが、今回 船買取の話を俺に振ってくれたのだ。

船長の吉岡さんは仕事中に倒れ、検査の結果、もう船には乗れなくなった。彼等乗組員は、吉岡さんに会って、生まれて初めての、高待遇で雇われた。日本では当たり前の保険制度、毎月の給料支給等色々と恵まれた生活が続いていた。その上、船までも新しくなって、喜んでいた時に、吉岡さんが倒れたのだ。復帰は不可能で、船も売ってしまうと言われた。それでも次の船主に、雇ってもらえる様に、吉岡さんに推薦をお願いした。でも、それは叶わなかった。彼等は皆、勤勉に働いていたし、これからだって、そうするつもりなのに、ダメだと言われた。

原因はクスリだった。彼等の国では合法でも、麻薬の類は日本では違法なのだ。吉岡さんは許容していたが、今度の船主は日本人だ。船の拠点も日本になる。従って、全員解雇である。退職金は出すので、分かって欲しいと、言い渡されたのだ。その上、船を買う日本人は、5日後に来てしまう、退職金などという言葉は初めてだったが、前の船から10年以上続いたこの職場を、どうしても手放したくない、と 彼らは考えたのだ。何とかしたい、から、よし! 何とかしようと意見がまとまったそうだ。

その何とかしようと言うのが、今回の拉致事件であった。吉岡さんと言う人は、小柄な日本人だった。性格は、声を荒げる事もないほど穏やかだった。観光客を見ても、日本人は総じて、小柄でおとなしそうに見えた。

こうなったら、エージェントより先に見つけて、全員で脅して、船を諦めさせよう、もし頑固な様だったら、その時は痛い目に合わせる。場合によっては消してしまおう、吉岡さんは病気で時間がないので、交渉相手が現れなければ諦めるだろう、と言う事だった。

「それで? どうする? 俺は船を買うよ! 君たちを雇う気はない! 俺をボコボコにするかい?」と聞くと、織部さんが「俺たちは2人とも小柄じゃないし、隆一くんは二メートル10センチだもんなあ、おまけにおとなしくないよ」

どうやら諦めがついたらしいので、退職金について、説明してやった。少しまとまった金額であろうことなど、それを元手に次に仕事を探せと言う事を、無理やりでも納得させた。

綾部さんの携帯に着信があり、待ち合わせの場所に先方が来て、待っていると言うので、彼等の連絡先を聞いて、マスターに騒ぎになったことを謝罪して、小銭を渡し、小洒落た酒場を後にした。

指定の場所に着くと、3人の人物が待っていて、そのうちの1人が、忙しいはずの、俺の先輩だったことに驚いた。そして、吉岡船長がすでに亡くなってしまっていたことに、さらに驚いた。先輩は「父は、海と船が大好きで、父子家庭だったし、俺が独立してからは、いつも世界のどこかの海にいたんだけど、健康には凄く自信があってさ、倒れた時には手遅れで、全く困った親父さ」と言っていた。2人でお悔やみと、香典を渡そうとしたら、好きなことを好きな場所で思い切り楽しんでいたんだ。悔やみも香典もいらんと、断られたよ、

交渉が成立し、俺は先輩に大急ぎで大金を支払った。急いだ理由は、18人の乗組員の退職金の為だった。先輩の父親の最後の望みを果たすために、俺たち2人も手伝った。通帳も持たない彼等のために、現金を用意し其々の分を袋に詰めて行った。やがて波止場に到着すると、彼らは最後の掃除を終え、船はどこもかしこもピカピカになっていた。私物を入れたザックを抱え先輩の前に整列した。先頭に立つ男にそっと、酒場のことは言ってないし、言わないよ、と告げた。先輩の連れて来た通訳が、「吉岡さんからの遺言を言います。もっと君たちと海の商売を続けたかったが、それが無理になってしまいました。本当にごめんなさい、許せないよね? だからね、この船を売って、その金額全てを君たちに残します。」ここで、嘘だー! ホントなのか! と、トンデモナイ歓声が上がった。通訳は両手でそれを制して続けた。「税金関係等のことはこちらでやります。陸に上がって、家を立てるのもいいよね、やり直すには十分な金額だと思う、こんな年寄りに最後まで付き合ってくれてありがとう、一つだけ!お願いがあるよ、クスリを止めるんだ。ゆっくりでいいから少しずつ、量を減らしてくれ、頼むよ! 幸せになれ! 元気で長生きしろ さようなら」 「遺言は以上です。お1人づつ名前をお呼びします。お受け取りください」18人の船乗りが、其々小さなスーツケースを大事そうに抱えて、去って行くのを見送った後、先輩は立派な敬礼をしてタクシーで去って行った。強い海風に吹かれて、俺たちはしばらく見送っていたが、振り向くと、どデカい俺の船が、俺たち2人が乗り込むのを静かに待っていた。

俺達は乗り込んだ。電源を入れると、洋上に浮かぶ巨大な建物のようだ。業務開始は2ヶ月後とし、整備は横浜に決定している。日本への帰路には、俺が手配した20人の人間が1週間ほどで揃うことになった。

明日から忙しい、今夜は館長室で、ジロさんと2人っきりでちょっとだけ、お疲れ様会をするんだ。

ジェノバの酒場で、織部さんに助けられて、俺の中では、ジロさんは益々謎の人になっていた。初めて聞く、彼の歴史は衝撃的だった。

つづく

次回は、別れ! です。


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