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ショート TOWA(とわ)

風呂敷を畳む

あと何回ここへ来られるかなあ? 簡単なテントに寝袋を広げ、緑に囲まれた平石に腰掛け、夏草の、濃い匂いに包まれながら呟いていた。持参のランタンをつけ、小さい焚き火で、焦げ目のついたシャウエッセン、壮大な夕日に山崎を翳し、1人乾杯をする。林業で鍛えた体も年齢には勝てない、焚き火を始末して、横になり星を眺めていたら、気持ちのいい夏の夜風に誘われて、寝てしまった。

急に強烈なライトに顔を照らされ、半身を起こす。ランタンの光量を上げ、見ると無礼を働いたヤツが尻餅をついている。その横にもう1人、こちらは立ったまま固まっている。2人連れだ。転がっているヤツが「人、人、アッごめんなさい! 人間ですかあ?」などと失礼な発言をするのだ。スマホを構えているから、流行りのYouTuberかな? 俺は、ハイ、人ですよ、人間です。安心してください、と声をかけた。聞けば、やはり彼等はYouTuberで、心霊スポットを巡り、その様子を配信しているのだと言うのだ。なんでもこの場所は、不気味な場所としてネットに載っているらしいのだ。ほおぅ! 面白いじゃないか、と思い、 俺はもう一度焚き火を焚いて、湯を沸かし、彼等にコーヒーを入れながら、メスティンで残りのウインナーを全部焼き、紙コップに山崎を注いだ、2人は目の前の平石に並んで腰掛け、「わあ、山崎だ、あの 水かお湯で割ってもいいですか?」だって、フフッ!可愛いな! 

さて、教えてくれよ、この場所の不気味な噂をさ、と切り出すと、2人は語ってくれた。

最初の目撃者は、ここで奇妙な円形列石を見たらしい、何かの儀式の後だと話題になった。また別のグループがここに来た時には、綺麗な花が並んだ平石に沿って植えられ、間違いなく霊園だったと言った。次にここを訪れたグループは、空き地の隅にある大木から光が漏れているのを見て、慌てて逃げた。その時の画像がネットに流れている。それを見たので、俺達は、今夜ここへ確かめに来ました。

なるほど、それは大いに怪しいですよね、ウインナも残り僅かになった頃、俺は一服したくなり、「失礼するよ」と言って、携帯灰皿を出し、タバコをくわえた。嫌がるかなと思ったが、じゃあ俺も! と、2人はそれぞれ灰皿を出して、モゾモゾとタバコを取り出した。ポケットに入れっぱなしだったらしいそれは、うずまきの勢いで曲がって、その上、穴まで開いてしまっている。俺のをやろうと思っていたら、穴のところを指で器用に押さえて、眉間に縦皺で、寄り目になって吸っているのが面白くて、放っておいた。二杯目の水割りを作ってやり、

さて、YouTuberのお二人に、ここの秘密をすべてお話ししましょう!

今から四半世紀前、俺は中学生だった。2人は驚いて聞いて来た、エッ!お爺さんって、おいくつなんですか? 俺は88歳ですよ、全くこんな歳になるなんて、自分でもびっくりだぜ! 2人は揃ってアハハと笑った。

俺が中学生の頃、ムーと言う雑誌が大人気でな、その掲載記事に(ミステリーサークル)という物があって、2人はここで、アッなるほどと、大きく頷いている。

俺と同級生は夢中になったのさ、俺の家は代々林業でさ、この辺の山は俺の一族が所有してるんだ。君らが座っているこのチビの禿山も所有しているよ、俺と同級生5人は、山のてっぺんにミステリーサークルを作って、宇宙人と交信しようと考えたんだ。その頃、(ノストラダムスの予言)ってのが、世間を賑わせていて、俺たちは、地球を救うためには、宇宙人の力を借りよう! そう思った。それしか方法は無いとね、本気だったねぇ、そこで俺は友達5人を引き連れて、山のてっぺんを使わせて欲しいと、父親に交渉したんだ。親父は笑って、この一番小さい禿山を自由にして良いと言ってくれたんだ。2人は「へえー!随分優しい親父さんですね」と言った。俺は笑って続きを話す。

そんなわけで、俺たちは此処に基地を作ったんだ。名前も付けた。

太陽系 第三惑星 地球防衛基地 TOWA(とわ)って言うんだ。

ムーを参考に、デザインを考え、俺たち6人は、700日以上の努力の末、このミステリーサークルを作り上げた。東の隅に一本だけ残した大木は古木で、内部は虫にやられて空洞だった。それを利用して作戦本部も作った。見てみるかい? 2人が先ほどからソワソワとトイレに行きたそうなのに気付いていたので、木の裏に小さい隠れトイレもあるぞ、と教えたら、彼等は山崎の酔いでチョットフラつきながら、懐中電灯を手に木の方へ向かった。俺は彼等に向かい声をかけた。「木の根元に丸いコブがあるから、それを爪先で押すんだ。」はーい、アッこれか?と聞こえた。たちまち、地下発電装置が作動して、山は、ブーンと言う重低音に包み込まれる。パッと木の下部分がスライドし、小さな入り口が現れる。同時に木の一番高い枝から夜空に向かって、一筋サーチライトが立ち上がるのだ。入り口前には梯子があり、上には2フロア狭小だが、頑丈に作った床がある。入り口奥にはトイレのドアがある。俺はまた、声をかける、酔っているから、梯子に登るのは明日にしろよと、2人は、はーい分かりました。トイレ借りまーす。と言っている。まもなく、戻りまーす、コレどうやって閉めるんですかー、と言うので、もう一回コブを押せ、と言ってやったら、暗くなり、発電機の音も、小さくなって、夏虫の声が静かに広がった。戻って来た2人は人格が変わっていた。

揃って俺の前の平石に腰掛けると、「ありがとうございます。貴重な経験させていただきました。俺は菱沼悠太といいます。42歳です。精密機器の会社に勤めていました。リストラで現在YouTuberをしています」「俺は悠太と同僚で、同じ歳・同じ立場で。竹下隆一といいます。」 やっと名乗りやがった。

悠太君と隆一君だね、俺は藤倉弥一と言います。今日はのんびり話しようよ!と言うと、2人は簡単なタープをたてて、寝袋を用意している。俺は背負子箱(しょいこばこ)から、食材を出して、簡単な飯を作った。大喜びで食す2人に、水割りのおかわり、新しいタバコを置いて、さて、食いながら、俺の思い出話の続きを聞いてくれるかね?コクコクと頷く2人を確認して、続きを話すことにする。

俺たちは中学時代の大半をこの場所に費やした。卒業間際に最後の工事を終えて、夜空にサーチライトが立ち上がるのを見て、喜び合い、同級生の幸子が持って来てくれたお菓子を食べて、お祝いしたのです。 幸子っていうのは、この基地の下に広がる花卉栽培の農家の娘で、美人で料理も上手くて、よく食べ物を届けてくれた。当時俺達は、夜空に浮かぶサーチライトから、絶対メディアに取り上げられると思っていたんだ。ムーの取材もきっと来る。そう確信していたんだ。俺達は取材を受けた時のシナリオまで考えていたよ、取材に同席の許可をもらった幸子は、元来器用なので、自分でワンピースを縫い始めた。時は過ぎ、高校を卒業たした後、もう、ここに集まることも最後かもしれないと、催した集まりに、幸子は色鮮やかなワンピースで現れた良く出来ていたし、似合っていて、本当に綺麗だったよ、

悠太君が身を乗り出して、「その幸子さんが、後の弥一さんのお嫁さんだとか?」と言うが、「ハハハ、白状するが、振られました。まあ、続きを聞いてくれよ」2人揃って「ハイ」と言う返事だ、さて続きは

俺達はバラバラになり、社会人となってからは忙しく過ごし、数十年が過ぎた。結局、ノストラダムスの予言も時と共に忘れ、もちろん取材など来るべくもなく、時だけはどんどん過ぎて、仕事もそれぞれ引退した。気がついたら1人減り、2人減り、とうとう基地のメンバーは俺1人になったって分けさ!

そうそう、林業もだいぶ昔からドローンを使うようになり、ある時、このチビ山を上から見てみたのさ、取材が来なかった原因が分かったのさ、周囲の山々がこのチビ山をすっかり隠してしまっていたのさ、世間からは全く見えなかったんだ。友達にも電話して大笑いしたよ。それから、ここが不思議な花園になっていたのは、幸子さんが74歳で、亡くなる3年前からやっていた事さ、

毎日、村の寺で、友人達の墓石相手に酒を飲んでいたら、此処を何とかしなくちゃと思ったんだよ、このまま俺が逝ったら、それこそ心霊スポットになって、禍々しい土地になってはいけない、此処は少年たちが夢中になって広げた夢の大風呂敷だった。ノストラダムスもミステリーサークルも、結局、嘘の大風呂敷だったけれど 俺の人生で、1番真剣で、1番楽しかった時代だった。その風呂敷を畳む体力も気力も、俺にはもう無いようだ。

そこでだ。せめて、この話を広めてはくれないだろうか? どうだろう、ここであったが100年目だ。もし、やってくれるなら、山ごと君らにやるよ。

悠太君が「ください!ここを引き受けたい」と言った。隆一君も頷いている。2人とも酔いが回って、真っ赤だ。話終わって、用を足して戻ると、2人ともすっかり酔い潰れて寝てしまっている。フフ 良い寝顔だ。

ああ、今日此処へ来てよかった。やっと俺の風呂敷が畳めそうだ。夏の夜風は本当に気持ちいいなあ!

おしまい

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