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山高/海深(やまたか/うみふか)第五章

りんご飴と日本の妖怪

米永が、現役を引退して8年、まさかこんな日が来るなんて、思いもよらなかった。夜中に少し降っていた雨も上がり。今、届きたての朝日の中で、仕上がったガメラと対峙して立ったまま、徐々に増す光の中で、無意識にガメラに向かって合掌していた。何が有難いのか分からないが、全てに感謝で一杯になり、気がついたら泣いていた。

ガラガラと引き戸が開くと共に、「おはよいうございまーす」元気な声が響き、助っ人(役場広報の2人)がやって来た。慌ててタオルで顔を拭いて振り向くと、「やっぱり、米永さん、徹夜すると思ってましたよ、朝ご飯持って来ました」持って来たコンテナを置くと、2人はガメラの前で固まった。見上げたまま5分、10分、そして、「凄い、本物だァー!」「スゲ〜」と呟いている。

3人で、朝食のおにぎりと豚汁を頂いて、コーヒーの良い香りがして来た頃、通学途中のチビ達がやって来て、すげ〜、こわーい、かっこいい、等と一通り騒いで、学校へ駆け出していった。

天気予報では、明日は快晴とのことで、役場や寺からの助っ人も頼んで、トラック2台でガメラを海岸まで運んだ。途中ですれ違ったワゴン車が、荷台のガメラを見たのだろう、海岸まで追尾して来た。乗っていたのは、6人の若者で、特撮物が大好きだと言う、彼等にも手伝ってもらい、二日がかりを予定していたのが夕方には設置完了となった。ガメラはメガネ岩の内側から海を睨んで、仁王立ちをしている。作動させたら目も光るんだぜ! ギドラとガメラを設置し、村祭りの準備は、着々と進められている。

淵の上には子供たちが石膏で作ったカッパのコン吉もセットされた。コン吉は米永さんによって、青緑で着彩され、赤く光る目は淵を睨んでいる。村起こしに丁度良いと言うので、寺裏の毛生え地蔵も、一役買っている。今年のコンセプトは、『山と海の妖怪祭り』に決まった。

リュウイチのお婆は、リンゴ飴作りの天才だった。りんごに渦巻型の包丁を入れ、割り箸を刺したら冷蔵庫で凍らせる。そいつを熱い水飴に浸してから冷やしたバットに立てかける。シャリシャリのリンゴ飴が出来上がる。子供たちは既に何個も食べている。参道は馴染みのテキヤと、地元の農家の出店で賑やかになるだろう。

祭りを予定している週に入ると。雨の日が続いた。これは例年のことで、ただ今年はチョット雨量が多い気がしていた。それでも祭りの前日には雨が上がった。不思議だがこれもいつものことだった。この村では祭りの時は必ず雨があがるのだった。でもこの年は、少し様子が違った。大人たちが寺に集まっていた。村全体に微かに土の匂いが広がっていたからだ、崖沿いに穿ってある多数の竹筒からは水が大量に流れ出ていた。

本堂には、村の大人達と、役場からも数人、話し合いは崖崩れへの心配でした。自然界からの警告は充分にあったし、人々もそれを理解していたにも拘らず、午後には空気も乾き、土の匂いも薄くなっていたことから、彼らは祭りを決行することを決めたのです。

警戒しながら、気を付けながらと誓い合い、人々は、神々の猛々しさを知りながら、唯その優しさを信じてしまうのです。

屋台のブンゼン燈に、一斉に火が灯り、見物客の目の前で、ギドラの洞窟から、濃い青い湯気がうねうねと登り始めます、おおー、と言う歓声の中、杉の木立をスルスルと登っていった龍は、山頂の手前でゆっくりと頭をこちらに向けたのです。振り向いた龍神は警告する様に、大きく口を開けて先が消えていったのです。


山高/海深(やまたか/うみふか)第六章/最終章
夢の後、先 に続きます。


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