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異形者達の備忘録-24

帰れない人

私は宮内ユリ、駅のすぐ前のマンションで暮らしています。両親は和菓子屋さんを経営している。社長を引退してから、趣味の旅行にしょっちゅう出かけます。私は一年前に此処に養子として迎えられ、暖かくて、やさしい両親を頂きました。土曜日の午後、「じゃあ、ユリちゃん出かけるけど、何かあったらすぐ電話するのよ」と母さんが言う、「大丈夫だって、行ってらっしゃい」窓から下を見ると、2人で手を振りながらタクシーに乗って行った。窓を閉めて机に向かうと、すぐスマホが鳴った。アッ、まただ「ああユリ、言い忘れてな、蕎麦屋で良いから、ちゃんと飯食うんだぞ、それから、」「ハイ、分かってます、何かあったら電話でしょ、父さんいってらっしゃい」いつもこうなんだ。夕方になり、通りを渡って駅ビルの蕎麦屋へ行く、カツ丼を食べて会計していると、女将さんと店主が出てくる、「お二人はまた旅行かい?」と言うので、去年マンションの階段から落ちたでしょう、寒くなると痛んで、湯治に行ってるのよ、と答える「そうかい、まあ、なんだよな、少しでも嫌なことあったら、此処を頼れよ」「そんな事無いよ」おかみさんが「保険よ!保険、そう思って良いからね」

自分の部屋に戻り、熱いほうじ茶を入れ、机に向かう、こんなに心配してくれる人に囲まれて、本当に幸せで、せめてしっかり勉強して恩返しがしたいと思うのだ。

パソコンで暫く勉強をしていると、すっかり夜も更けてしまった。

駅の明かりが消えた。ああ終電が出たんだなあと思い、時計を見ると深夜2時である。ボーッと暗くなった駅を眺めていたら、列車がやって来た。音は聞こえない、しかも車体が少し透けている。見ていると私の視界がどんどんと透けた車体に寄っていく、車内には、透けた乗客が沢山乗っている。もっと近付くと、皆何やら呟いている。

「合わせる顔が無い、帰れないよ」
「恥ずかしくて、帰れないよ」
「申し訳なくて、帰れないよ」
「許してくれない、帰れないよ」
と言っている。口々に帰れないと言っている。其々膝の上には重そうな荷物を乗せている。 

つい、聞いてしまった。一番近くの髪の綺麗な女性に、「帰りたいの?捨てて来た場所に? 帰りたいの?」彼女は弾かれた様に立ち上がり、膝の上の荷物は床に散らばった。開いたドアから足早に出て行って消えてしまった。下を向いた大人ばかりの車両、皆、立ち上がり消えて行った。優しい女性の声が響く、「発射します、ドアから離れて下さい」 私も慌てて車両から出た。自分の部屋で、ハッと我に帰った。あれ! 夢かな、うたた寝していたかな?

窓のカーテンを開けると、今、静かに透明な列車が発車して行くのが見えた。乗客は1人も居ない、

パソコンからCMソングが流れている。

♪どんぐりを辿っても着きません♩♪森の小さなレストラン♪・・・・・♪予約は今日もありません

おしまい


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