返せない釣り銭への思い
駅前で、やたらとメニューの多い喫茶店をやっています。近頃、毎日売り上げの計算が200円合わないのだ。レジは、土曜日以外は私が1人でやっているし、そもそもレジを間違えるほど混んだ試しが無い、200円なら飲み物一杯分の値段だ。毎日200円のミステリーだ。
もう1つ、不思議な事が毎日起きている! 釣り銭を受け取らない客の存在だ。いつ頃からかは、はっきりしない、必ず昼前の比較的客の多い時間に来る。来ると言うより気がつくと居る。何時も慌てて注文を取りに行く、何時も変わらずミルクティー200円だ。この店では、混んでくると勝手に客同士が、「すみません、ここ良いですか?」などと、客同士が勝手に相席をする。そればかりか、うちの客は、混んでなくてもウェイターまでやってしまう、器を下げに行くと、ミルクティーの客は居なくて、空いたカップの横には、500円玉が置いてある。300円のお釣りを渡せない、仕方なくレジ横に綺麗な箱を置いて、そこに入れておく、そのせいで200円不足となるのは分かる、この500円を崩して、200円レジに入れると計算は合うのだか、一段落する閉店時、いつも箱の中の500円玉が消えているのだ。こんな事は初めてだった。そんな日々が続いていた。
そして、今日は、押しかけアルバイトの女子高生、康子ちゃんが来る日だ。毎週土曜日、お昼から午後3時までのアルバイトだ。時給は700円、諸手当付きで月20000円と決まっている。
土曜日の昼、一応満席の中、「こんにちわー」と、元気よく康子がやって来る、すぐに空いた食器を下げ初め、手際良く洗い始める。お冷やを入れてまわり、追加注文を取って切る、「マスター、ホットコーヒー4つとハムトースト2つでーす」大したものです。1人前になって、おじさん嬉しい!年寄りばかりの常連客も自然と眦(まなじり)が下がる。その康子がもうすぐ午後3時と言う頃「アッ!消えた」と声をあげた。全員がエッ何が? 何が消えたの? となる中、康子は窓よりのテーブルに行くと、「源さん!見たでしょ? 消えたよねぇ」源さんは???な風である。康子は源さんに、今まで目の前に女性が居たよね?と言うのだ。すると、源さんも周りの客も、ああ居た、居た、おかしいなあ、消えてないと思うけど、でも居なくなったなあ、康子が空になったカップと500円玉を持って来た。私は皆に返せない釣り銭と、消える500円玉の話をした。 源さんが「あの娘さん、いつもこの時間、俺の前に居るよね? それと今思い出したんだが、、見たことがある様な気がするんだ。警察官時代にさ、うん、絶対会っている。マスター今日は帰るわ!ちょっと調べ物してくるからさ、アッ霊感少女の康子ちゃん、もしかしたら、力を借りることになっても良いかな?」それに対して康子は「オッケー!任してぇ」なんて言ってる。源さんが行ってしまった後、康子ちゃん、俺にも何か手伝わせてよ、うちで起こっている事なんだからさ、と言うと、俺たちにも何かやらせろと、客達が口々に騒ぐ、康子が「分かった、じゃあ皆んな来て」と言うので、康子を囲んで車座になった。康子は中心に立って人差し指と親指で500円玉の腹を抑える手を見せた。
「これ、持ち主の所に帰ろうとして、動いているんだよね、見て!」
と言って、皆の目の前で、指を離した。スッと、500円玉は消えた。
「それとね、あの女の人、源さんに、何か一生懸命に話していたのよ、私、源さんの知り合いかと思ったけど、源さんはウトウト寝ちゃっているしさ、源さんを起こしてやろうと思って、行こうとしたら、女性がこちらに顔を向けたの、目が涙でいっぱいだった。そして フッて消えちゃったのよ」俺たちは、へ〜と言うばかりだった。
翌日、源さんは昼になってから、やっと来た。日曜日なので、康子も、朝から待っていた。源さんは「康子ちゃん、悪いけどおばあさんに電話してくれる? 俺から話しても良いから、夕方4時にこの先の〇〇病院に一緒に行ってくれないか、今から事情を話すよ、
以下は源さんの話
俺は。警察を定年退職してからも、隣町で派出所の補佐を長年やっていたのさ、妻を早くに亡くして、子供たちも独立して、暇だったからね、その頃住んでいた宿舎の隣のアパートに、あの女性の一家が済んでいたのさ、名前は望月優子さんだ。その頃彼女は小学6年生で2歳の小さい弟がいた。母親と3人の母子家庭だった。お母さんが1日中働いていたから、よく1人で弟の面倒を見ていた。優しいお姉ちゃんだと評判だった。生活は苦しそうで、俺はよくお駄賃をやっていたのさ母親に内緒でね、肩叩き100回で500円、弟が歩く様なると、大変そうで肩叩きは10回で500円になったのさ、それでも1日一回は叩いてもらっていたよ。弟は裕二と言って。あの子はいつも、「ユウちゃん、ちょっと待っててチョットだからね! ハイ123・・・10オワリイ!お巡りさん500円ね」と言って、当時珍しかった500円玉を嬉しそうに握って、2人でスーパーに飛んで行くんだ。その優子さんも大人になって、会社員になって、初のボーナスで弟を遊園地に連れて行ったのさ、母親は仕事で休みが取れなくて、2人で出かけたんだって、そのバスが事故ってしまって、優子さんは即死だった。
弟の裕二の方は、姉が庇っていてなんとか命を取り留めたが、そのまま3年も目覚めていないそうなんだ。介護をしている母親も疲れから内臓に癌が見つかってしまい、すでにステージ4の状態で、しかたなく、医者と相談して、まだ母親が元気なうちに、生命維持装置を外そうかと言う相談をしていた。
その頃から、優子はお巡りさんの前に現れたのさ、多分もう時間が無いから。お巡りさんなら、助けてくれるからってね、行ってみたらさ、あったんだよ、あの頃のアパートがまだあってさ、そこに母親も一人で住んでいてくれたから、全部全部分かったのさ、今日は母親の入院の手続きもしてるから、裕二くんと同じ病院にしたし、夕方、母親と先生と裕二の病室に行けば、きっと優子さんも来るだろうと思うんだ。そして見ることができる康子ちゃんに、聞いて欲しいんだ、お巡りさんに何を頼みたいのか、をね、お願いします康子ちゃん!
康子ちゃんも、うん、できる事はなんでもする! なんて言ってる。
いつの間にか剛くんが、源さん、車回したから いつでもオッケーですよ、エッ剛くん行くの?って聞いたら、そうです。車買ったんで、だってさ、「電車通勤やめるんだ?」と言うと いいえ!サンデードライバーです。病院寄って、康子ちゃんをお婆ちゃんの家へ送ったら帰って来て、報告しますからね、マスターはお店があるでしょ、ってカツ丼食って、オムライス食って3人は出かけていきました。
剛くんからの報告
裕二くんのベットの周りに、母親、源さん、康子が集まると。康子が「はい分かりました」と言って何も無い空間から500円玉を受け取った。それを源さんに「源さん、私と同じ様に指2本で持って」と言うと、源さんは500円玉を上手く受け取った。康子が「それを裕二くんの手のひらに乗せて、その手を源さんの手でグッと包んでください」と言った。源さんは両手で裕二の手を包み込んで力を入れた。すると、裕二が目を開けて、「姉ちゃん俺はメロンパンが良いよ」と言ったのだ。医者と看護師が飛んで来て色々見て、もう問題は無いが、念の為何日か検査して、結果が良好なら退院出来ると告げた。母親は裕二を抱き締めて泣いていた。源さんも康子も、優子さんの声を聞いた。お巡りさんありがとう、と言っていたそうだ。
時に剛くん、良い車だねえ、時々借りてもいい?と聞くと、普段乗らないので自由に使って下さい、キーを玄関に引っ掛け、ここに置いときますねだって、なんだか近頃剛くんに家を乗っ取られそうな気がする。アッ明日、カーポート立てようかな
裕二くんと源さん
優子さんの母親は、すでに手術ができない状態たっだので、全部源さんが面倒を見て同じ病院で、無痛ケアをしてもらったが、半年足らずで優子さんの元へ逝ってしまった。仕方がないこととはいえ、裕二くんはひとりぼっちになってしまった。源さんが一応保護者として登録したが、裕二くんが、そんなに世話になれない、施設に入れてくれと言っている。源さんは、500円分の恩を返してもらうから後10年この年寄の面倒を見ろと言って、納得させてしまった。
裕二は、入院が長かったからとても疲れやすく、医者はそのうち体力も付くし心配ないと言っているが、落ち込むと無気力になり、無気力になってしまう自分を責めるのだ。
ある日曜日の昼、俺何もできないし、何もしたくないんだと言ってカツ丼を半分残して店で泣き出してしまった。源さんは話し始めた。
「なあ!お前は覚えてなくても、人間は皆大変な目に会って、大泣きしながら生まれてくるんだよ、苦しくて苦しくてもう駄目だって時に、(ここで源さん人差し指を加えてポンッて音を出す)生まれて来てやったんだよ! その先の人生なんて、苦しんで支払ったお釣りみたいなものさ、ぜんぶ泣いた後の慰め、ボーッとしてたって良いじゃないか、ずっと遊んでいたって良いんじゃ無いかな? お前は充分苦しんだんだ。さあ、これから先は、ゆっくり行こうぜ、」と言った。剛くんが「生まれたての、絶賛2頭身のベビーが、ギャン泣きしながら、クソーッ!苦しいじゃねえか、生まれてやったぜぇ!もう俺ァ動かねえぜ、ゆっくりさせてもらうからな!って言ったら、それはそれで 可愛いよね」って言った。
裕二が笑いすぎて泣いていた。カツ丼の残り半分も裕二のお腹に収まった。源さんアイスコーヒー飲みたい!と言う、ミルクいらないよ、ブラック!もう中学生だから、そうか そうか
おしまい
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?