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雪男[怪談?]

そびえたつS山の三角頭が白く染まっている。
やがて空気が冷たくなるにつれて、鮮やかな紅葉は白銀に覆われていく。
S山は季節折々で違った表情を魅せてくれる人気ハイキングスポットなのだが、冬になると一転、一度入ると出られない魔境と化す。いったい何人の登山者をその身の一部にしてきたのか。

その中のひとりに、私の彼女がいた。
彼女は山が好きだった。
何度も重ねたデートも、山登りがほとんどだ。
彼女がS山に登ってから、今日でまる二年。
私は、彼女を見つけなければならない。

桜が咲き、蝉が鳴き、葉に色がつく頃も遺体は見つからなかった。
もう、あの山に彼女はいないのではないか。
そう思っていた時。
噂を聞いた。
「S山には雪男がいる」

噂の出どころはわからない。
雪が積もりはじめたS山の頂上付近を、真っ白い何かが動くのを見たという話。
あまりにも骨董無稽。馬鹿げている。
しかし、万が一、冬のS山に雪男が現れるのだとしたら。
そいつの根城に、彼女の残骸があるのかもしれない。

私はひとり、S山へと向かった。
吐く息が白くなりはじめていた。

S山には人の気配など微塵も感じない。
登山者も私ひとりだけのようだ。
おそらく、雪男の根城があるのだとしたら、雪に覆われた頂上付近だろう。

黙々と頂上を目指す。
息が荒くなる。
足が重い。
ふと、前を見ると、
男がいた。

男は腕を組み、やれやれといった表情でこちらを見下ろしている。
いつから、目の前に?
いや、なんだ?この男は?
あまりにも不自然なその姿。
全身が白い、シワひとつないスーツを着た男。
一瞬、頭をよぎった「雪男」という言葉が消えてしまうほど、都会的な姿。
南国の観光地で気取る金持ちのような、憎たらしい姿。

「で、あんたもこっち側になるってこと?」
男が口を開く。とてもめんどくさそうに。
なんの話をしているのかわからない。
男は上を指差して話を続けた。
「察しが悪いな。ほら、見ろよ。あれがこっち側」
まだ遥か遠くに見える、山の上。
白く積もる雪化粧に見えたモノが全て、
異常な数の白いスーツの人間達だった。

「冬にこの山に登れば、皆、選択しなきゃならない。こっち側になるか、そのまま朽ちるか」
混乱する私にお構いなく、静かに、耳を刺すように、話を続ける男。
身体に力がはいらない。
気づかぬうちに、私はもうダメになっていたのか。身も心も。
もう手遅れなら、今、目の前に現れた幻想に身を寄せるのも…

「ダメよ。その人は」
ピンと、張り詰めた空気を射抜くような、声。
あぁ、懐かしいその声は、
彼女のモノだ。
生きていたのか。
いや、男の言葉を借りるなら、「こっち側」になったということか。
彼女が、朽ちゆく私を救おうとしてくれている。
そう思った。許されたのだと。

「あの人は、ダメ。
だって、この山に私を埋めようとしたのよ。
許せない」

彼女の声は地鳴りのように震えだした。

「こっちにも来させない。
この山の真ん中で、ずっと息も絶えだえ、彷徨えばいいの。いい気味。いい気味」

視界が真っ白になる、その刹那、
全身を白いスーツで着飾った彼女を見た。
彼女は笑って、身につけているネックレスを触っている。
そう、それで首を絞めたんだったなぁ。


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