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【銀木犀】 

#ショートショート  
#短編小説  
#銀木犀  
#秋  
#朗読シナリオ

窓を開けると秋の風が気持ち良かった  
レースのカーテンが揺れるのを、ぼんやり眺めているとラジオから パーソナリティの声が聞こる 
「この季節と言えば、やっぱり金木犀ですね〜」 
確かに この風にのって金木犀の香りがしたら どんなに素敵だろうと目を閉じてみた。 
残念ながら 小さなオレンジ色の花はイメージ出来るけど、香りは感じられなかった… 
「諦めも肝心」最近マイブームになりつつある 
座右の銘だ  
若い頃には諦める なんて言葉は使わなかった私が 最近 何事につけても 一歩 身を引くようになっていた。 
歳を重ねて そうしていた方が楽だと知ったから… 
追いかけても手の届がない物がある事を 山ほど経験すると 人は手を伸ばす事もしなくなる。 
 
久しぶりの休日だと言うのに 今日は 衣替えをした夏物の洗濯で 朝から何度も洗濯機を回している 三度目の洗濯物を回しながら 考えていた 
私は、このまま沢山の事を諦めながら生きていくのかと…  
洗濯が終わった事を告げる あのピーピーと言う音を聞く前に私は玄関を飛び出した 
まだ諦めたく無いと言う気持ちが 突然私の身体を動かした。 
次の瞬間 私は近所のお花屋さんの前に居た 
季節の花が並ぶ中に 金木犀に似たようなクリーム色の花を見つけた 顔を近づけてみると 
金木犀と同じ香りがする 
「この花は…」と店員さんに聞くと 
「銀木犀です、金木犀と香りは同じなんですが 
やはり皆さん華やかなオレンジ色の金木犀を求める方が多いので、なかなかお店にも置かないのですが  
今日は珍しく、銀木犀のご予約があったので多めに置いているんです」と説明をしてくれた。 
私は迷わず 「銀木犀を下さい」と言った。  
せっかく駅前に来たのだから 他の買い物も出来たのだが 何故か私は家路を急いだ 
小さな花がこぼれ落ちないように 赤ちゃんでも抱いているように 優しく腕の中に置いた 
銀木犀は 「私は金木犀と同じ香りなんですよ」と必死に香りを届けているようで 私は 思わず 
話しかけた 
「分かってる」と… 
部屋に戻り 窓の前に 銀木犀を置いた 
秋の爽やかな風が 甘い香りを部屋中に運んでくれた。 
 
自分が出来る事は まだ諦めない 
そして 分かってくれる人にだけ伝えればいいのだと… 
この銀木犀のように…。



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