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京町家との格闘をお話ししてみなさんと一緒に考えます

その22 おわりに、をはじまりに
 
格闘などという勇ましいタイトルを掲げて始めた論考も一通り終えることができました。もともとは10数年前に各職方に聞き取りしてまとめた、町家などの伝統木造建築の技をまとめたものがお蔵入り状態になっていて、協力してもらった職人に申し訳ないと思い続けていたのです。その思いがよくわかっていないWEBに手を出すきっかけでした-今でもわかっていない―。そして突然職人の技を紹介しても〝なんのこっちゃ〟となるだろうから、前半の「京町家ってなに」を自分なりに〝伝統とは〟、〝伝統木造とは〟、〝どんなあゆみ〟、〝どんなすぐれもの〟、などを解説した論考です。
 ところが論考でも触れたように、町家をどうとらえるかという共通認識があるとは言えません。そして現代の法制度や技術基準などがちゃんと守れるようになっていません。内に町家のありように沿わない捉え方と闘わなければいけない。外に法制度、施策や慣習と闘うことになり、その両面の闘いプロセスを格闘といい現わしたのです。
 当初は私の現代の法基準で評価することで伝統木造を擁護しようとしましたが、どうにもうまくいきませんでした。理由は現代の法基準と町家などの伝統木造建築が、そのよって立つところが全く違うということでした。そこで〝町家のことは町家に聞け〟に切り替え、習い覚えたことをバイアスとして避け、町家のありように沿って、すなわち町家と対話を重ねることで理解していくという方法でした。
 しかしそのやり方でわかるのは頭で考えた範囲にとどまります。職人が伝統の技を継いで工夫しながら体で覚えたこととその直感には及びません。その頭と体の協働が前半の論考と後半の職人の技のセットになるわけです。
 皆さんも町家などの伝統木造に住む、あるいは改修されるときには町家等と対話をしながら考え理解して、職人の手や技を信頼して協働で臨んでほしいと思います。

誰がどうやって守っていく
 町家は町衆によって建てられました。町衆とは表町家で商いをしながら住むものです。家作をして借家を提供したのは大店(おおだな)が多いですが、表町家の裏の空閑地を利用した借家も多いです。2割の大家が8割の借家人に住宅を提供していたといわれます。今はその割合が逆転しています。
 路地奥の借家は材料こそ最低限のものですが、手間はかかっています。現代の木造住宅は水廻りや設備あるいは造り付家具など、かつてはなかったものの割合が多いので比較しにくいですがそれらを省いて比較すると、設計者が設計して工務店に発注する木造住宅が6,7人工/坪ぐらいで、路地奥長屋のそれに相当します。仮にそれを100万円/坪とすると、表町家はその倍の200万円/坪、表屋造りの中店(ちゅうだな)でその倍の400万円/坪、大店は天井知らずとなります。
 現代の8割の持家層は既に中流ですらなくなったサラリーマンです。上記のようなグレードの町家を、質を保ちながら守っていくのは土台無理な話です。富裕層もいますが、町家に関心を持つ方は少なく、他の型式の住宅を求めることも多いです。
 ではその困難な課題をどう克服すればよいのか、それは直面した方が課題の内容に応じて創意・工夫を凝らすしかないのですが、基本的な解決方法を揚げてみます。

優先する改修工事・構造、外壁などの外殻
使えるものは使う

 ひとつには改修対象に優先順位をつけて時間をかけて段階的に改修していくことです。改修項目を安全性や保全性関わるもの、内装や建具など、家具・什器・備品など、および設備に分け、上げた順を優先するということです。安全性を担保する構造は最優先です。骨組みの歪みや沈みの是正と腐朽部分の手直しですが、構造の故障部分の改修は必須です。生活に支障がない歪みや沈みは目をつぶることも可です。また長屋のように歪み突き(歪み補正)や揚げ前 (沈み補正)はしたくてもできないこともあります。保全性は雨風から建物を守る部分で、屋根、外壁です。屋根は状態によっては瓦の差し替えや修理で済む場合もあります。土葺を空葺きにするために葺き替えをする必要はありません。外壁は荒壁が崩れたままではいけませんが、妻壁は将来張替えが可能な妻壁は30数年後に張替えを前提に、波板や角波の鋼板にしておくこともありだと思います。焼杉板に似せたような鋼板を使う必要はないと思います。後の改修項目については生活に支障のない範囲で後回しにしたらよいと思います。
 ふたつには町家のしくみや思想を前提に代替工法を工夫することです。しくみや思想とは自然に逆らわず受け流す、保守点検の容易性、手入れができる、自然な経年変化が可能な素材の選択、などです。たとえば土壁は中塗りで止める、木舞や荒壁修理が賄えないときは架構の柔軟性についていけるような納まりで、プラスターボードに漆喰薄塗りもあり得ます。畳は床(とこ)に発泡スチロールを使ったものでも表裏に藁を挟んだもの(通気性はありませんが)に代える、襖は下張りにチップボールを使ったものを採用する、などですが、貼り替えの利かないスタイロ畳やダン襖などは避けたほうがよいです。天井板は突板合板もやむを得ませんが、雨漏りで捲れることがあるので、張替えできるようにしておく、プリント合板は自然な経年変化が望めないので不可です。むろん代替には今までの論考に揚げたDIYも有効です。器用な方はユーチューブを参考に施工してもよいですが、半日職人の指導を受ければできることはあります。
 みっつには町家に稼いでもらうことです。もともとほとんどの町家が商いの器でもありました。町家の建設費は商いへの投資でもあったのです。自らが住みながら商売をすることが望ましいですが、表屋造りのような生活と分けられる町家では表だけ貸すこともあり得ます。もともと京都は産業都市でした。その産業の伝統を引き継ぎ創意・工夫を凝らした現代の商品や商いが求められます。観光客目当ての飲食店や宿泊施設はそれには当たらないと思います。
 まだほかにも手立てはあるでしょうが、今後もみなさんと一緒に考えて工夫していきたいと思います。

町家の思想は普遍的
 すでに述べたように(特にその8今なぜ京町家か⑪参照)京町家などの伝統木造軸組構法は、現代が抱える課題もすでに克服していて、全ての面で現代の木造よりも優れています。伝統木造は現場手作業で非効率なため時間がかかりコスパが悪いといわれますが、200年を超えて生き続ける建物を材料調達から1年かけて建てることが、本当にコスパが悪いのでしょうか。そんなことはないと考えます。むしろ半年で建てて30年ほどで建替えている今の木造住宅や、10か月ほどかけて建設し50年が建て替え期といわれるコンクリートのマンションの方がずっとコスパが悪いのではないでしょうか。むろん今の木造にしてもマンションにしろ、ちゃんと手入れをしていけば100年以上はもたせられると思いますが、残念なことに建てるときに手入れができるように、ないしはしやすいように造られていません。したがって反省し見直すべきは今の建築なのです。
 腐朽しやすい建物を分ける(水廻り棟)、傷みやすい部分は最小限の修理ができるようにする(ハシリ(キッチン)の裏は井戸引きで柱を上下に分ける)、どの部分も故障が点検できるようにし(骨組みの現し)、部分の取替えも容易です。瓦の葺き土、土壁などは再利用でき、木材も再利用あるいは転用ができ、木っ端は銭湯に回り燃え残りの灰は肥料になる、リユース、リサイクルにより無駄がありません。そしてよほど故障を放置しない限り―今残る町家は故障放置期間が長かった―、ライフサイクルコストは今の建築ほどかかりません―マンション更新までの50年のライフサイクルコストは建設費相当といわれている―。
 さらに間取りの可変性や使用目的対応の柔軟性により時代の変化に対応できます。そのことにより所有者が変わっても業種が代わっても生き続けてきました。それは町家のとらえ方が所有ではなく利用であり、かつ使い続けられるように考えて造られているということです。現代の大量生産、大量消費、大量廃棄のスクラップ・アンド・ビルドが資源、廃棄、環境の限界を迎えた今、真に学ぶべき思想です。
 以上の観点から町家の思想は町家を守り建てられるようにする理由だけではなく、現代の建物を見直すためにも必要なものであり、暮らし方のありようをも見直す普遍的なものなのです。
 このつたない論考のおわりに、をはじまりにして、みなさんと一緒に町家の思想を実践していきたいと思います。

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