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京町家との格闘をお話ししてみなさんと一緒に考えます

その20町家を作り守ってきた職人の技-10・漆

漆について
 いまにしてみれば惜しいことをしたと思いますが、京町家の保全再生に関わる前の今から40年ほど前1980年代に、施主から〝蔵はもういらない〟といわれそこに仕舞われていた接客や自家用の漆器も一緒に除却することが数度ありました。その時代はそのような漆器はもう二度と使うことはないというのが世間一般の認識だったと思います。
 町家に関わるようになって、床框の呂色塗や地板や棚の拭き漆に触れることになりました。漆工芸の盛んな地域の町家では床廻りに関わらず、建具や天井あるいは造作にまで漆が塗られているのも目にし、ぜいたくに過ぎるという思いと漆と建築の関係を見直すようになりました。そして漆の専門家からその優れた特性や他の塗料では得がたい質感の説明を受けることで、認識を改めることになりました。
 また、時代の風潮も使い捨てのプラスチックの器や、漆や蒔絵に似せた合成樹脂塗料による製品を使うことに疑問を感じるように変わってきました。かつての漆の産地や今も続く漆芸の産地でも漆畑の再生や合成樹脂塗料から漆に戻す動きがあります。
 紫外線に弱いという難点を克服するために漆という材料を改良する、用途を広げる、あるいは製作工程を短縮するという努力も大切ですが、直しながら何代も使っていけるという町家と同様漆のコスパを見直していきたいと思います。


1.仕上り、材料、特徴
1)仕上り(完成品)
・床、壁、天井、造作(柱、敷鴨居、床・違い棚廻り)、建具
・家具、什器

漆の種類

2)材 料
・採取木:ウルシ科ウルシ属ウルシ、落葉広葉樹(他の同種塗料採取樹として 
     ヌルデ、カシューナッツ)、四木(江戸時代の重要殖産木)の一つ
     (ほかに茶、桑、楮)
・原産地:東アジア(日本、中国、朝鮮(以上同種・ウルシオールが主成    
     分)、ベトナム、台湾(以上ラッコールが主成分:乾きが遅い))、ビ
     ルマ、タイ(以上チチオールが主成分)
・日本産:日本で流通している日本産の漆は9%程度(中国産91%)。産地は岩 
     手(浄法寺)、茨城、新潟、栃木、(復活中の産地:岡山、京都、兵
     庫)
・採取方法:日本は殺し掻き、植樹(萌芽更新・切り株のひこばえを育てる)
      して15年~20年の木から採取します。6月中~10月末に採取し
      て伐木(200g/1本・年)、7月末~8月下旬採取を盛り辺といい最
      高級品(6月中旬~7月中旬を初辺、9月上旬~10月上旬を末辺)。  
      中国やベトナムは養生掻き
・樹液・成分:ウルシオール、ラッカーゼ、ゴム質、水。ウルシオールの量
       が多いほど良質で日本産は60~70%(ベトナム産の2倍程度)
・種 類:生漆、精製漆
・乾 燥:一般的な乾燥の概念とは異なり、漆中のウルシオール(液状)が、
     成分のひとつである酵素(ラッカーゼ)のはたらきにより空気中の
     酸素と反応して(酸化重合)固化する。固化に適した温湿度は温度
     20℃、湿度80%であり、完全固化には6年かかる。他に熱硬化型   
     の固化(焼付漆)がある。
・その他の材料:顔料、溶剤(灯油、テレピン油、荏胡麻油)、砥の粉、地の
        粉、菜種油(筆洗い用)、鉄粉や鉄酸化物、松煙や油煙な
        ど。
3)特徴
・塗 膜:堅く柔軟、強靭、耐水性、耐薬品性(酸、アルカリ、塩分、アルコ
     ール)、防腐性、耐熱性~高熱にさらされて下地の木が焦げても漆
     は損傷が少ない、但し紫外線に弱い、塗料として総合的性能にお
     いて現代の塗料より優れる。
・素 地:木、竹、紙、布、皮、鉄、樹脂等何にでも塗れる。

2.あゆみ―漆がどのように使われてきたか
・縄文時代    土器や木器の装飾―福井県鳥浜遺跡の漆木の櫛(6,000年
         前)、北海道垣ノ島遺跡の漆製品(9,000年前~3,200年前
         (朱漆))、割れた土器等の接着剤
・奈良、平安時代 平脱(又は平文、金属箔を器物に漆で貼り付けたあと漆を
         塗って研ぎ出す)・蒔絵、仏像(脱活乾漆)、仏具
・室町・桃山時代 漆工技法の完成、南蛮漆器(西洋向けに造られた日本漆
         器)
・江戸時代    爛熟期、大名道具(各藩が特産として奨励)、琳派、鞘漆
・明治・大正時代 漆芸の復興
・昭和以降    漆芸の衰退

3.工法と道具
1)漆工技法 髤(きゅう)漆(しつ)(塗り):真塗り、呂色、拭き漆、溜塗、焼
       付~120℃~170℃で2~30分、時に1時間
       乾漆―麻布や和紙を重ね張りして砥の粉や木粉を混ぜた漆を
       塗る~平安以降衰退
       加飾:蒔絵、漆絵、彫漆、螺鈿等

主な道具

2)道 具 漆刷毛、箆、定盤(じょうばん)、塗師屋包丁、風呂(室(むろ))等

4.拭き漆の工程(一例―地域、作家により異なるが30工程前後)

1)準 備
・刷毛の洗い―菜種油 (テレピン油、灯油。洗うとは埃を取り去り抜け毛を
       除去すること)、仕上は漆で洗う。
・練 り ― 定盤上にて箆で漆を練る、生漆はそれほど練る必要はない~
       摺るときに粘度が下がるため、粘度が高く摺りにくい場合に
       練る。

5.漆の課題
・欠点の克服 紫外線による劣化、かぶれ、高価格
・漆の改良 例:MR漆―常温常湿で早く硬化、紫外線劣化しにくい
・新しい用途の模索

6.伝えたいこと
 5,000年前の漆が残り、1,300年前の漆塗り道具や仏像が伝わります。傷んだり剥がれても修理できます。漆は現代の技術では代えがたい技です。また紫外線で劣化するということは役目を終えたら自然に帰ることも意味しています。現代においても価値も役割も終えていません。
 
語り手:建田良策(木漆工芸家)
参考資料:『漆塗りの技法書』十時啓悦、工藤茂喜、西川栄明著、誠文堂新
     光社、2015

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