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【農業小説】第7話 メニューなんか要らない|農家の食卓 ~ Farm to table ~

前回の話はコチラ!

市島ポタジェがオープンして一年が経とうとしていたときのこと、これまで続いてきた災害による不作を忘れたかのように圃場での収穫量はこれまで以上に増えて、レストランにも想定した以上のお客さんに訪れてもらって、さらに地元農家のネットワークは拡大し続けていた。

周囲から見れば絶好調そのものだ。しかし僕はネガティブな感情に囚われ始めたのだ。きっと他人から見れば何が不満なのか理解できないかもしれない。

しかしこの不安はついぞ抑えることができなかったのだ。

イノシシ肉のシャリアピンステーキが売り切れた日のこと、メニューの組み立て方そのものに問題があるのではないかという思いに囚われて身動きが取れなくなってきたのだ。

メニューの組み立て方に対するアプローチは戦後、たんぱく質を中心とした食事になった日本人独特の考え方に問題があるのではないかという思いが捨てられなくなったのだ。

市島ポタジェでは、肉の材料となる家畜には山からの恵みであるドングリと酒米栽培した後の米ぬかだけを餌として与えていた。

そして野菜は自分の圃場で生産したものか地元産で、オーガニックか有機栽培のみという徹底ぶりだ。ちなみにここ市島は有機栽培の郷として農家の間ではちょっとした先進地だ。

しかし、 僕はすでに確立されている食べ方の範囲でしかメニューの組み立てをしてこなかったのではないか? こだわり抜いて作られた肉を従来と同じ発想でただ盛り付け、飾り立ててプレートの主役を任せ続けただけなのではないか?

獣害駆除で奪った命で料理しているし、地域の農家を支援しているのだから、たしかに既存のフードチェーンから抜け出すことには成功した。

物流の課題となっているフードマイレージを短縮して、ちょっとでも旨いと唸れる食べものを提供しようと努力してきたのだ。ところがその努力の裏では、もっと大きな問題の取り組みをないがしろにしてしまっていた。

僕たちははからずも「ファーム・ト ゥ・テーブル」の料理だよと標榜しておきながら、食材の「つまみ食い」をメニューで表現していたのだ。

これはこの地域の生態系に負荷をかけるだけでなく、経済的に見てもコストもかかる効率の悪いマズいやり方だ。

僕はその日に収穫した新鮮な食材だけで料理を作ることにプライオリティを置いていた。しかし実際のところ自分の圃場で思った通りに収穫できるものの他の農家では、その日のうちに売りさばける量の見当をつけて収穫を行うのが当たり前だった。

これでは消費者のニーズに合わせて食材を生産しているようなもので、マーケティングとしては正しいのだが、旬の野菜を作ってくれと農家に圃場の広さとか土壌分析と施肥設計に注文をつけて依頼する。

市島ポタジェでは、提供するイノシシ肉のシャリアピンステーキに合わせて注文するのだけど、うまくいかないときもある。

そうしたときはもちろん、迷わずファーマーズマーケットから栽培履歴のはっきりとしない材料を購入するだろう。ここは有機栽培の郷だからと淡い期待をする。

ここまでは「ファーム・トゥ・テーブル」という言葉からは正しい行為のような印象を受ける。それにこの取り組みは、産地と消費者が直結しているような印象があるではないか。

ところが現実には、最終的に日々の食事のために提供される仕組みであるはずなのに、このままでは僕の考える農業を維持するのは難しいのだ。

だから僕はメニューを全部廃止して、代わりにお客さんに食材のリストを見せるようにしたのだ。

そうすると、丹波でよく栽培されている豆類などの野菜は料理のなかで毎日のように登場するし、珍しく手に入ったような食材などは、食卓でシェアされる限定の品として提供を始めた。

そうすることでイノシシの肉を10人前で、ホルモンは2人前といった注文も可能になったのだ。これなら義務を伴わないし、その日ごとにさながらJAZZのセッションのように自由に料理をするだけだ。

僕は様々な可能性について料理を愉しむお客さんに説明するだけにすぎないのだ。

このような構造って、実は農家がメニューを決定している何よりの証拠ではないだろうか。この思いに至った僕は興奮を抑えることができなかった。

いつも僕は熱しやすく冷めやすい。案の定、すぐにこの実験に対する興奮はすっかり冷めてしまったのだ。

結局のところ、僕の料理は大きなパラダイムシフトにはつながらなかった。まず最初に料理のアイデアに合わせて農家が何を提供できるかを考えていくプロセスに、しばらく僕はこだわり続けた。

そのうちに僕は、メニューを廃止するだけでは不十分であることを認識したのだ。僕に必要なのは体系的な原則だった。

食材のリストにフォーカスしていては、解決はしないだろう。農業のシステム全体が反映されているような料理を工夫していかなければならないのだ。

つまり、地域特有の料理を目指すべきなのだという重要な視点をやっともつことができたのだ。

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