【農業小説】第6話 事業を編集する|農家の食卓 ~ Farm to table ~
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実をいうと僕のやっていた会社はある意味で窮地に立たされていた。第1話で話したように、2年連続で水害にあって畑が川に飲み込まれて濁流からどこのものとも知れない土がたくさん運ばれてきた。
流れてきた土はほとんどが砂壌土で、これまでの肥効成分もすべて洗い流されて使い物にならなくなっていたし、山が土砂崩れして残された廃木などを積み上げておく場所も必要だったから多くの畑で作付けを諦めなければならない状態にあった。
とはいえ圃場に関してはどうにでもなると思った。なぜなら僕たちの元には常に耕作放棄地や農地引継ぎの情報が入ってきていたからだ。
農地の取得に関して僕が最初に農業参入した頃なんてひどかった。農業素人の僕が自治体に行っても相手にしてもらえないで門前払いだったし、地域の農業委員に言っても良い返事はもらえなかった。
何度も通っているうちに、その地域で農地として使われなくなって何年も経った、2畝ほどの三角形の農地でしかも三方が山で囲まれた日照時間の極めて少ない農地を貸してもらえるようになった。
今ならそんな土地でも、夏場のほうれん草(高値で取引できる)が作れちゃう技術と知識があるし、高単価で取引できる茗荷でもいいんだけど、この頃は途方にくれたものだ。
川にも遠かったけど、山に囲まれているってことはちょっと掘れば水がでる。これは地域の人に聞いて知ったんだけども。
トラクターも入れないような場所だったから、自分で鋤簾を使って耕した。2畝とはいえ、大変な労力と時間を要したけどアメフト上がりの僕にはちょうどよい筋トレだった。
そうしているうちに、「あいつは見どころがある」なんて評判になって、管理農地が少しづつ増えてきたんだ。
すると噂を聞きつけたのか他の農家で研修生をしていた人間が、そこを卒業したらウチで働きたいと申し出てくれた。それが山辺だったのだ。
そのときすでに管理面積も1ヘクタールほどに増えていたので、野菜や果物の管理は山辺が責任者として、25アールの温室と露地にある75アールの圃場のマネージメントをしてくれた。
キッチンの窓のすぐ外に広がる市島ポタジェの畑で収穫された作物、あるいは半径5キロメートル圏内の農場から送られてくる地域の食材がそのまま厨房に持ち込まれて、ここでしか生まれないであろう独創的な料理が創作されていく。
これ以上「ファーム・トゥ・テーブル」にふさわしい場所はないのではないか。
しかしその冬のある夜に、この「ファーム・トゥ・テーブル」のシステムに長期的な視点が欠けていたことに気付いてしまったのだ。
鑑みると、「ファーム・トゥ・テーブル」が日本における食材の栽培方法に変化を起こせなかった理由なのだろうか? その答えがいきなり明らかになった。
相変わらず予約で埋まっていたので慌ただしくディナーの時間が始まった。メニューはお客様がご来店されてから自由に選択してもらう仕組みだったから準備していたメイン食材が足りなくなりそうになった。
それは獣害対策で捕まえたウリ坊をどんぐりや米ぬかで肥育したイノシシ肉のシャリアピンステーキだった。
僕は農場から提供される初めてのイノシシ肉についてアルバイトで来てくれているウエイトレスに研修を行った。
僕たちの農場で本来は雑食性のイノシシにドングリと米ぬかだけを食べさせて育てていて、そのエサにする理由についてウエイトレスは興味を持ったのか興味深く聞いていた。
こうした情報も食べる人が知ることによって、より特別な料理につながると思っている。
イノシシ肉を新たにメニューに加えることに敬意を表して、僕たちは新しいコースを慎重に考えた。
ナスのローストに、ドライトマトとフレッシュトマトを合わせたピュレーを添えた一皿だ。
僕は早朝に農園に行って、市島ポタジェで提供する料理に足りない食材を収穫した。
その晩、ウエイトレスはお客さんが1回転した時点で、すベてのテーブルでイノシシ肉のシャリアピンステーキの注文をとることに成功したうえに、全員がシャリアピンステーキを注文したテーブルもあった。
このステーキを用意するために準備だけで何カ月も費やした。米ぬかは精米機からいくらいでもかき集められるけど、狩猟期のうちに山にしかけた罠の仕掛けをみついでにドングリを大量に拾い集めたりしていたのだ。
山の管理にも手をかけ、イノシシの屠畜場との間を3時間かけて往復し、担当スタッフが理容師のようなテクニックで毛を刈り取り、外科医なみのスキルで根気強く肉を切り刻んだ貴重な肉が、ビッフェに置いた人気メニューのようにあっという間に売り切れてしまったのだ。
イノシシ肉のシャリアピンステーキがなくなると、大阪の能勢の山で同じように肥育されたイノシシの肉を代わりに提供し始めた。そんな事情を知らないお客さんは食事を楽しんだ。
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