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【短編小説】鉄塔の町:白磁

 熊沢重樹くまざわしげきはドアを開けた瞬間たじろいだ。目を血走らせた男が突然目の前に現れたのだ。
 それに気づいた黒い戦闘服の警備員がすぐさま熊沢の前に歩み出て銃を構えた。
 「待て!」
 ドアの向こう側から静止の声が響いた。
 熊沢の前に出た警備員は振り向いて、
 「大丈夫です。問題ありません。行きましょう」
 熊沢は警備員の後についてドアの向こう側へ通り抜けるとき、その男と目が合った。先ほどの血走った目は――なくなっていた。
 「彼は?」
 熊沢は警備員に尋ねる。
 「兵隊ですよ。営倉えいそう行きでしょう」
 年齢は20歳台のその男は迷彩服を着て、両手を頭の上で組み、背中に小銃を突き付けられていた。
 熊沢は後ろからドアの閉まる音が聞こえるや否や、前を歩く警備員に声をかけた。
 「さっきの男を連れてきてくれないか?」
 「は?」
 警備員は熊沢の言葉に驚いて振り向いた。
 「会社と中佐には私の方から言っておくから」
 熊沢はニコッと笑って言った。
 警備員は熊沢の上の前歯が1本抜けているのを認めると「ああ、これが聞いたことのあるアレか」と納得して駆け出した。


 熊沢は1人で58の輸送車の方へ歩きながら自問自答した。
 「どうしてあんなことを言ったのだろうか?あの兵隊とは面識もなければ惹かれる要素もなかった。罪悪感からだろうか?あの兵隊は営倉に連れて行かれたあとは……、そうなるだろう。それは仕方のないことだ。特に心は動かされない。しかしこの計画に対しての罪悪感は拭い切れない。贖罪にすらならないだろうが、あの兵隊を助けることはいつか自分を慰めるネタにはなるかもしれない」


 58の輸送車の後ろに熊沢は立った。両隣には輸送車に乗って来た迷彩服の兵隊が小銃を持って立っている。
 「まだ降りてこないのですか?」
 熊沢はどちらの兵隊となく尋ねる。
 「はい、身支度するから少し待ってくれと」
 そう応えて右隣の兵隊が肩をすくめた。


 「連れてきました」
 先ほど連行されていった若い兵隊に小銃を突き付けながら、黒い戦闘服の警備員が戻って来た。
 「銃を下ろして」
 熊沢は警備員に言う。そして若い兵隊向かって笑いかけると
 「君も頭の上から手を下ろしていいから。君、名前は?」
 「馬淵塔矢」
 「馬淵君か。悪かったね。こちらの手違いで、先ほどは。君に頼みがあるんだが」
 「頼み?」
 「うむ。頼み…、というか、これは命令になるのかな」
 「ある人の護衛を頼みたいんだ」
 「護衛?対象者は?」
 塔矢がそう言ったとき、輸送車の幌がバサリと開け放たれた。



 静かに降り立ったのは女だった。
 白磁のような美しさに塔矢は息をのんだ。女は姿勢を正して少し顎を上げて塔矢を見た。
 そのとき、塔矢はもう戻れなくても構わないと思った。


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