金銀花 第1話
幼い頃に近くで火事があった。燃え盛る建物の2階に人影が見えた。炎の向こうで少女が一人、前に歩み出る。そして、空に向かって何かを投げ出した。弧を描いて落ちていくそれが、炎の光に照らされて鈍く輝く。私は、一歩、前に出ると地を蹴って、それを両手で掴んだ。
「ママ、私将来は洋ちゃんと結婚する!」
幼い少女は頭一つ分大きな少年の手を握って高らかに宣言した。
「あら。」
「ぶっ!」
縁側に腰掛けて、庭で遊ぶ子供達を見ていた少女の母親は頬に手を当てて驚く。後ろで茶を飲んでいた父親は口に含んだ緑茶を盛大に吹き出した。
「なっ、なっ、そんなこと兄ちゃんが許すわけ無いだろ!」
二人と一緒に遊んでいた少女の兄は小さな体を妹と少年の間に入れて、二人を引き離す。
「お兄ちゃんには言ってないもん!」
「!?」
少女は頬を膨らませて怒った。それを聞いて兄はショックを受けて、よろめく。
「海と結婚なんてするわけないじゃん。」
先程、少女に手を握られていた少年が冷めた声で言った。
「なっ、洋太!僕の可愛い妹になんて言い方するんだ!妹と結婚できて嬉しくないはずないだろ!!」
兄は先程とは真逆のことを叫ぶ。
「えぇ〜、なんでよう。」
海と言われた少女は服の裾を握りしめて、涙声で聞く。
兄に肩を掴まれ揺すられる洋太は答えない。海は母の膝に飛び込んで泣く。
「あぁ、泣かないの。」
泣く海を見て兄は洋太を怒る。
「泣いちゃったじゃないか!」
「知らないよ。」
素っ気なく答える洋太を兄はまた、揺すって怒る。
「大和もやめなさい、洋太君にだって選ぶ権利はあるんだから。」
母親の言葉に大和は振り返り、洋太はそうだ、と頷いた。
「ママはどっちの味方なのよ〜!」
海がくしゃくしゃの顔を上げる。母は驚いた顔で海の頭を撫でる。
「あら、海の味方よ。だって、諦めろとは言ってないでしょ?」
母の言葉に海は目を瞬かせる。
「今は駄目でも諦めなければいいだけよ。ずっとアタックし続ければ洋太君の方が折れてくれるわ。」
母はガッツポーズを作って笑顔で言う。それを見て海は目を輝かせた。反して、洋太と大和は口を開けて目を見開いた。
「さっ、じゃあそろそろ海の誕生日の準備しようか。」
「うん!」
母が立ち上がると、海も靴を脱いで部屋に上がった。
「ちょっ、ちょっと。」
「まっ、待って母さん。海、将来金城になっちゃうの?」
「ならないよ!」
洋太が戸惑ったように声をかけると、隣で大和が焦った声を上げる。それに対して洋太は強く叫んだ。
「うわぁ。」
海は目の前に並べられた料理を見て歓声を上げた。
机の上には色とりどりの料理と、バースデーケーキが置かれている。
「ママ、まだー?」
海ははしゃいだ声で台所で他の品を作る母に声をかける。
「もうちょっとー。」
「はやくー!」
母が声を張って返事すると、海は待ちきれないように体を揺らした。それを、洋太は不貞腐れされたような顔で見ていた。
「お待たせー。」
母が最後の料理を両手で持って居間にやってきた、その時
カンカンカンカン
耳をつんざくような音が聞こえてきた。びっくりして居間にいた全員が外を見る。
「火事?」
机の前に座っていた叔母が不安そうに呟いた。
「なんか、焦げ臭いよ。」
大和が外に鼻を向けて言う。
「やだ、近いのかしら?」
母が不安の声を出すと、父が立ち上がって縁側に出る。そして、背伸びして辺りを見渡した。
「あっちだ。」
回していた首を止めると左の方を指差す。
「そっちの方って洋太君の家があったわよね?」
料理を机に置いた母が眉間に皺を寄せて言った。瞬間、居間が静かになる。
「・・・行ってみるか。」
父が呟いて洋太の方を振り返った。
「一応、洋太君も一緒に来なさい。」
「うん。」
洋太が神妙な顔で頷く。
「私も行く!」
「えっ、じゃあ僕も!」
海が机に片手をついて、もう片方の手を勢い良く上げて叫ぶと、それを見た大和も立ち上がって片手を上げた。
「海、大和!遊びじゃないのよ!?」
母がたしなめる。
「わかってるよ!でも、心配なんだもん!」
海が反論すると大和も頷く。
「でも」
「いいじゃない。連れて行って上げなさい。」
振り返ると祖母が微笑んで見ていた。
「お義母さん・・・。」
「不安なのはわかるけど、それはこの子達も同じよ。実際に見に行って安心させてあげたらいいわ。家には私達がいるから。」
他の座っている人を見ると、叔父叔母に祖父も頷いていた。
「じゃあ、お願いします。」
母は立ち上がると一礼して、海と大和を連れて縁側から出ていった。
家の前は細い道になっており、そこを抜けると大通りに出る。家沿いに左に曲がって歩いていくと、緩やかな坂道が左手に見えるので、登っていく。少し登ると先に人混みと、炎の光に立ち上がる煙が見えた。場所を見て洋太の家ではないことが分かり安心する。
「どこが燃えてるのかしら。」
母は海の手を引いて建物に近づいた。人垣の外から建物の2階部分が見えた。
燃える建物の屋根の先に十字架が見えた瞬間、さっと血の気が引いた。
燃えていたのは近所の小さな教会であった。この町の教会は孤児院も兼ねていた。
「なんで、教会が・・・。」
母は口を両手で覆って呟く。
ざわっ
不意に野次馬のざわめきが一部大きくなった。人々が口々に叫んでいる。群衆の中、指さされる方を見て、母と父は言葉を失った。
燃え盛る炎の中に、2階の大窓から奥に人がいるのが見えた。奥に重なるように何人か見える。
「人がいるぞ!」
「嘘だろ!?」
口々に人が叫ぶ。
固まる母の袖を誰かに引かれて下を見る。
「ママ、どうしたの?」
海が不思議そうに母を見上げていた。母は無理に笑顔を作ると海の頭に手を置いた。
「洋太君のお家じゃなかったし、後は消防署の人に任せて帰ろうか。」
海は母の笑顔を見て口を引き結ぶ。母は前を向いて父に声をかけた。
海は未だに騒ぐ人波に隙間を見つけると、掴んでいた母の服の袖を離して駆け出した。
「!? 海!」
後ろで母が叫んだが構わず人垣に飛び込んでいった。
隙間を小さな体で抜けて行くと、目の前が明るくなってく。人垣を抜けて最前列に出ると、教会を見上げた。燃え上がる炎から煙が空に向かって立ち上っている。
教会の目の前で消防隊に止められながら、手を伸ばす女子学生の姿がある。
上を向くと、2階の大窓から、外を見下ろしていた少女と目があった気がした。
少女は直ぐに前を向くと空に向かって、何かを投げ捨てた。
宙で何かが炎の光を反射して光る。
海は弧を描いて落ちるそれを目で追うと、足を動かして、立ち止まり、思いっ切り飛び上がる。そして、両手を伸ばして掴んだ。
「あっ!!」
後ろで誰かが叫ぶ。着地して、前を向くと協会の2階が崩れていた。
先程、目があったはずの少女の影はどこにもない。
海の小さな掌の中で石のついた紐のブレスレットが紅く、光っていた。
その後、海は人垣から抜けて母達の元へ戻ると、不安な顔をした母に抱きしめられた。顔を上げると、険しい顔で母が海の行動を咎める。海は下を向いて謝る。両手はブレスレットを握りしめたまま。そして、消防隊によって消化活動が開始された燃え盛る教会を背に家路についた。
その日、海はバースデーケーキにも禄に手をつけず2階に上がると、心配する大人をよそに一人、眠りについたのだった。
その後、火事の詳細が地元の新聞で大々的に取り上げられる。被害があったのは小さな教会、一つだけだが死亡者が多く出たのだ。教会にいた子供とシスターなど、総勢10人もの死者が出た。発火原因は放火だと判明。犯人はまだわかっていない。生き残ったのは、学校帰りで教会にいなかった女子高校生一人であった。
学生服に身をつつんだ少年が、「小縁」と「結城」の表札が掲げられた家の庭に続く、腰の高さまである戸を押す。中に入って進むと、開け放たれた障子の奥の居間で机を拭いていた女性と目が合う。
「あら、洋太君おはよう。」
「おはようございます。」
洋太は頭を小さく下げて挨拶する。
「大和ー、洋太君来たわよ!」
大和の母親である妙子は2階に向かって声を張り上げた。
「洋ちゃん、おはよ!」
奥の部屋からセーラー服に身をつつんだ少女が姿を現した。
「海、おはよう。」
海は縁側に駆け寄ると座って靴を履く。
「妙子ちゃん、今日の朝刊見た?・・・あら、洋太君おはよう。」
玄関から戻ってきた海の叔母にあたる十和子が洋太に気付いて声をかける。洋太は妙子の時と同じように返した。
「十和子さん、見てないです。どうしたんですか?」
妙子は立ち上がって十和子の持つ新聞を覗き込む。
「10年前に火事のあった教会、遂に取り壊すらしいわよ。」
「おや、洋太君来てたのか。」
妙子と十和子が話していると、庭先から声がして振り返ると汗をかいた叔父にあたる勇雄と祖父の一徳(かずのり)が戸を押して入って来る所だった。畑からの帰りなのだろう。
「おお、おはよう。」
一徳が軍手のはめた手を上げる。洋太も挨拶する。
バタバタバタ
2階に続く階段から慌ただしい足音が聞こえてくる。
「洋太、ごめ〜ん!」
大和が制服のシャツのボタンを止めながら早足に降りてくる。後ろから父親の寛一郎も下りてきた。
「あぁ、洋太君おはよう。」
寛一郎が眠そうな目で手を上げて言ってくる。
「おはようございます。」
洋太も返した。
「はい、大和ご飯。」
妙子がお盆に載せた朝ご飯を大和の前に並べる。大和は手を合わせると急いでご飯を口にかきこんだ。寛一郎と勇雄、一徳も席につく。
「えー、お兄ちゃんご飯食べてくの?遅いよー!」
海が頬を膨らませて不満垂れる。
「あらぁ、洋太君おはよう。」
奥から障子を開けて祖母の梅が柔和な笑顔で立っていた。洋太は頭を下げて答える。
「あっ、ばあちゃんおはよう。」
大和が口いっぱいに頬張りながら喋る。口の中のものを飛ばすのを見て、妙子が汚いから黙って食べなさい、と注意した。
「海、洋太君、大和置いて先に二人で行きなさい。」
「っ!?」
「えっ!?」
妙子の言葉に大和は喉を詰まらせて咽る。海は目を輝かせて洋太を振り返った。
「だって!先に二人だけで行こ!」
洋太の腕に抱きついてはしゃいだ声で言う。
「まっ待て!二人っきりなんて許さんぞ!!」
米粒を飛ばして大和が叫ぶ。
「起きるの遅いお兄ちゃんが悪い!」
海が大和に向かって舌を見せる。
「別に時間には余裕あるし待っとくよ。」
「え〜!?」
(ナイス!!)
洋太の言葉に海は不満そうな声を上げ、大和は親指を立てて洋太に心の中で称賛を送る。
海が洋太の袖を引いて駄々をこねる間に大和は急いでご飯をさらえる。
「ごちそうさま!」
箸を勢い良く茶碗に置くと、立ち上がって、横においていた学ランを手に取り、袖を通す。次いで、鞄を肩からかけると縁側に置いてある靴を立ったまま履いた。
海は靴を履く兄を見てつまらなそうに唇を尖らせた。
「あら、洋太君達行くのね。」
声の方を見ると、十和子が階段の側で、娘の杏と、妙子の息子で大和と海の弟にあたる雄太を連れて立っていた。
眠そうに目を擦る二人に十和子は声をかける。
「ほら、お兄ちゃん達行っちゃうわよ。なんて言うの?」
十和子に抱えられた杏と、十和子の服を掴んでいる雄太は眠たそうに言った。
「いってらっしゃい。」
それを見て、十和子達は笑うと、庭にいる3人を見て言った。
「「いってらっしゃい。」」
3人はそれぞれ笑顔で答えた。
「「いつてきます!」」
「いつてきます。」
路面電車に3人で揺られて行くと、海は一駅早くに降りる。
「じゃあね、洋ちゃん!」
「海!兄ちゃんは?」
「はいはい、お兄ちゃんもばいばい。」
雑な返事でも喜んで大和は手を振る。
チンチン
鐘がなって電車が動き出した。段々小さくなる妹を見ながら、大和はずっと手を振っていた。
「お前、もう少し愛想よくしたらどうだ?」
窓に目を向けたまま、大和が声をかける。
「なんで。」
「そりゃ、あんなに分かりやすく好意示してるんだから少しぐらいさぁ。ていうか!あんなに可愛い妹に笑顔向けられて無表情ってどういうことだよ!!」
「顔は普通だろ。」
振り返ってキレる大和に平坦な声で返す。
「普通よりどう考えても可愛いだろ!!」
怒るシスコンの兄にため息を吐いた。まだ、言ってくる大和を無視して海のいた方を見る。
「どういう反応したらいいかわかんないんだよ。」
説教たれていた大和が洋太の言葉に黙る。
「・・・俺は未だに結婚は認めてないからな。」
「・・・お前、何言ってんの?」
洋太は蔑みの目で大和を見た。
学校が終わり、大和と二人で電車に乗って帰っていると、停車駅に海が居るのが見えた。海も大和と洋太を見つけると顔を明るくする。
「お前、部活は?」
乗ってきた海に洋太が聞く。
「今日、休みになったの!ラッキー!」
海は嬉しそうに洋太の横に並ぶ。
「海!それは兄ちゃんと帰れるからだよな!」
洋太の横から顔を出して大和が期待のこもった目で尋ねる。
「あっ、お兄ちゃんいたんだ。」
冷たい視線を寄越して海は素っ気なく答えた。大和はガーン、というか効果音が聞こえてきそうなほどあからさまに落ち込む。
(俺を挟んでやらないで欲しい。)
いつもの光景にため息を吐く。大和の場合、そのシスコンをもう少しどうにかすればいいだけだと思うが、言ったところで直らないだろうから言わずにいる。
電車を降りて、車がきれてから歩道側に渡ると、途中で曲がって坂道を下っていく。
「あっ、工事始まってる。」
海が突然立ち止まり左を向いた。つられて見ると、海の4歳の誕生日の日にあった火事跡である教会の瓦礫が片付けられていた。
「もう、あれから10年も経ったのか。」
大和が感慨深そうに呟く。
海は黙って静かに除かれていく瓦礫を見ていた。
「海?」
動かない海を洋太が覗き込む。
「なっなに?」
急に近づいた顔にびっくりして海は声をひっくり返した。
「大丈夫か?ボーっとして。」
「だっ大丈夫、大丈夫!ほら!行こ!!」
慌てて海は先を歩き出した。前を歩きながら熱い頬を手で扇ぐ。
「ただいまー。」
海は縁側で靴を脱ぐと家に上がった。
「あら、おかえり。早いわね。」
台所から母の妙子が顔を覗かせた。
ただいまー、と言いながら大和も上がる。
「洋太君もおかえりなさい。」
笑顔で妙子が言うと、洋太はお邪魔します、と言って小さく頭を下げる。
「おかーさん、晩ごはん何?」
「ブリの照り焼き。」
妙子の手元を肩から覗き込んで尋ねると、妙子は視線だけで振り返って答えた。
海は喜んで、一回転すると2階に上がっていった。
洋太も大和に続いて2階に上がる。
大和の部屋で学校の課題を終わらせていると、海の階段を下りる足音が聞こえる。母親の手伝いに行ったのだろう。
暫くしてから、下から海の呼ぶ声が聞こえてくる。
「ご飯、できたよー。」
呼ばれて、読んでいた漫画を閉じて大和が軽い足取りで下りていく。洋太も後に続いた。
下りると、食卓にブリの照り焼きときんぴらごぼう、それから人数分の箸が置かれている。海がちょうど味噌汁を運んでいたので、代わりに受け取って並べていく。
「あっ、母さん、ご飯もっと乗せて。」
「えー、これ以上は無理よ。後でおかわりしなさい。」
台所を覗いた大和がちょうど大和のご飯をよそっていた母に言うと、妙子は難しい顔をした。
「お兄ちゃんも洋ちゃんを見習ったらどうですか?」
海が後ろから声をかける。大和ははいはい、と言って焦ると、ご飯がよそわれた茶碗を運ぶ。
「ただいま!」
少年の元気な声が聞こえて玄関を見ると、雄太と杏が、十和子と一緒に帰って来た。
「ただいま〜。もう、暑くなってきたわね。」
十和子がたるみはじめた顎を手で拭って言う。
「飯だー!」
「ごはんー!」
雄太と杏が机に走り寄る。
「その前に手を洗う!」
十和子が一喝すると、雄太と杏はびっくりして踵を返す。そして、面倒臭そうに洗面台に向かった。
「俺等も洗わないと。」
それを見ていた大和が慌てて雄太達について行く。洋太も歩いてついて行った。
手を洗って戻って来ると、祖父母の梅と一徳も席についていた。
「あらぁ、洋太君、大和おかえりぃ。」
梅がいつもの柔和な笑顔で言う。大和はただいま、と返すと洋太は頭を下げて応えた。
ばあばー、と言って走り寄る雄太と杏にも梅は優しい声で言う。
「ほら、席ついて。食べましょ。」
妙子が子供達を急かして席につかせる。
仕事で帰っていない寛一郎と勇雄を除いて全員が机の前に座る。そして手を合わせた。
「「いただきます。」」
声を合わせて言うと、各々箸を取って、好きなものに手をつける。
いつも、この家では食事の時が一番賑やかになる。
杏がご飯をこぼして、怒る十和子の声。
大和のおかわりする声。
一徳のためにおかずを取る梅の声。
野菜も食べるよう雄太に注意する妙子の声。
そして、これも食べる?、と聞いてくる海の声。
「今日もごちそうさまでした。」
洋太は縁側に立つ妙子に丁寧にお礼を言う。
「いいのよ、それぐらい。今更一人、二人増えたぐらいで変わらないわよ。」
妙子は軽やかに笑う。
「そうそう、それにお前がいると海が嬉しそうだしな。」
隣で大和が笑顔だが悔しそうに、洋太の肩を叩いて言う。
そんなに嫌そうな顔をするぐらいなら言わなければいいのに、と思ったが言わないでおく。
「じゃあ気を付けてね。」
妙子が言うと、洋太は頭を下げて戸口に向かう。
妙子が台所で洗い物をしている海に声をかけると、海は慌てて出てきた。縁側の下に置いてある草履を急いで履くと、大和と洋太を追いかけて来る。そのまま、大通りまで一緒に行く。
「じゃあね、洋ちゃん。また明日。」
「気を付けて帰れよ。」
海と大和が手を振って見送る。
「ん。」
洋太は短く答えると前を向いて歩き出した。
後ろを振り返らずとも海と大和は見えなくなるまでそこに立っているのだろう。
次の日の朝、晴れた日。洋太はいつも通り、坂を下って行き、大通りを歩き、小道に入って行く。直ぐに見えてきた家の庭先にいる人影を見て、違和感を覚えた。
海が、浴衣を着て箒で縁側をはいていた。
(何やってんだ、あいつ?)
洋太は怪訝な顔をして竹でできた戸に手をかける。そして、海に声をかけた。
「海、何やってんだよ。学校あるだろ。」
いつもなら、笑顔で振り返るはずの海が表情を変えずにゆっくり振り返る。
そこでもう一つの違和感に気付く。
海はいつもは三つ編みのお下げをしているのに今日は何故か、長い髪を上げて一つにまとめていた。
ドクンッ
鼓動が早くなるのを感じる。
海は小首を傾げると、心底不思議そうに言った。
「どちら様ですか?」
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