見出し画像

脳梗塞になりました。その1

「ぷれちゃん、黒柳徹子になってるよ」

電話の向こうでケラケラとKが笑う。
「え? 黒柳徹子? ってなに?」
わたしは何のことなのか、さっぱりわからない。
「ふざけてんの? その喋り方、赤ちゃんみたいだ、アハハハハハ」
「ふざけてない。そんな喋り方してない!」
Kがあまりに屈託なく笑うのでムカついた。Kは驚いたようだったが、
「7時ごろには帰るからね」
と、電話を切った。

なぜKがいきなりそんなイチャモンをつけるのか皆目、見当もつかず、憤慨しながら実家の母に電話した。仕事がなくなったわたしと高齢の母は、やもすると誰とも話さずに一日が終わるようなことも出てきたので、お互いのボケ防止をかねて毎日、電話をするようになっていた。
 母に話し方のことを確認してみたが、母は別にいつもどおりだという。
「だよねぇ? 甘えたような喋り方とか赤ちゃんみたいな話し方なんてしてないよね?」
「そんな感じはしないけど」
「だよねぇ」
とんだイチャモンだよ、まったく。プンプン。

プンプンのなか、Kは帰って来て開口一番、
「やっぱりおかしい。絶対、おかしい」
と、言い張った。今度は笑っていなかった。
「おかしくないよ。いつもと同じだよ」
「違う。おかしい。滑舌が悪いっ、ていうか呂律ロレツが回っていない」
「そんなことない!!」
「じゃあ実家に電話してみなよ。誰か聞いてもらいな。絶対におかしいから」
「さっき母に電話したらおかしくないって言ったもん」
そんなやりとりをする間も、わたしはムカついていてつっけんどんだったと思う。自分ではまったくわからなかった。いつもと同じように喋っているのに、なぜ、おかしいと言われなきゃならないんだ。

Line電話に出た義妹は、スピーカーホンにしてから、
「別に‥‥いつもと同じだと思うけど」と、首を傾げているようだ。
「だよね。さっきおばあちゃん(母のこと)にも聞いてもらったけど、変わらないって言ってたのにさ」
そのとき義妹の背後で聞いていたらしい弟が叫んだ。
「おかしい! おかしいぞ。わからねぇ? 早く病院行け。脳梗塞だ!」

病院? 脳梗塞? 思いもよらない言葉にうろたえながらLineを切った。
弟が大げさなことを言ってわたしをからかうのはいつものことだ。また、脅かそうとして‥‥とも思ったが、さすがに気になってネットで検索してみた。

「呂律が回らない 病気」で検索するといろいろな病気が出てくる。

認知症、舌がん、脳卒中、ナルコレプシー、めまい、過眠症、もやもや病、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) ‥‥

怖くなってきた。よもやALSなんていうことは‥‥。直接、取材させていただいたことはなかったものの、記者が取材してきたデータをもとにALS患者さんの苦闘を記事にしたことは何度かある。
申し訳ないけれども絶対になりたくない病のひとつだ。

「ALSまである。まさかね」
 口ごもるわたしに、Kは言う。
「病院行ったほうがいいよ。絶対、いつもと違うから」
と、勧めてくれた。

日曜日(11月5日)だった。すでに午後8時は過ぎている。翌朝、早めに受診しようとお風呂に入った。
入る前に、ふと気になって血圧を測った。
昔からずっと低血圧ぎみだった。年齢とともに多少、高くなってはきていたが、それでも最高血圧は高いときで130前半。普段は110から120の間くらいという感覚でいた。ところが!!
正確な数値は覚えていないけれど 、最高血圧は150台後半で最低血圧も90を超えていた。そんな数字は見たこともなかったが、入浴すれば血行がよくなって下がっているんじゃないかという気がして、入浴後にも測ってみた。

ウイ~ンと手首を締めつける簡易式の血圧計から空気が抜けて、表示された数値は最高血圧180-最低90(ほぼこんな感じ)
えっ、壊れた? と思って測り直すと
190-100
どんどん上がっていく。
クラクラする。心臓までドキドキ言い始め、胸がムカムカして気持ち悪くなってきた。

「ごめん。気持ち悪い。ちょっと寝る」
Kにそう言って、寝室のベッドに横になった。
「大丈夫? 病院行く? 救急車呼ぶ?」
心配そうなKの声を聞きながら頭の中がグルグルしている。怖かった。
ゆっくり寝ている気分にもなれなくて起き上がり
「やっぱ病院、行く」と、わたし。
「そのほうがいいよ。KK病院はやってるのかな」
冷蔵庫の横に貼ってあるかかりつけ病院の受診予約表を持ってきてもらい、書かれていた番号に電話した。

休日夜間案内のおじさんが出た。状況を説明しているうちに息が荒くなって、どんどん苦しくなってくる。
一気に病状が悪化していたわけもなく、たぶん、思っていた以上の重病ではないかとの予感でパニックになっていたんだろう。すべてを否定したくなって、もう一度、血圧を測ってみると実に200を超えていた。

「支度しなきゃ」

起き上がったものの何を着ればいいのかわからない。部屋着の上にパーカーをはおって、外に出た。Kは車を出そうと思ったようだが、すでにアルコールが入ってしまっていたので、タクシーを拾いに走って行った。
1型糖尿病持ちのわたしは2カ月に1度、その病院で検査・診察と投薬を受けている。両足の人工股関節置換術も同じ病院で受けいる。通い始めて10年、いや11年目かな。わたしのデータはきっといろいろ揃っているはずだ。

電話をして行ったので夜間受付ですぐにわかって、入れてくれた。メインの照明を消した薄暗い待合室で待ち、男性の看護師さんに状況を聞かれているころにはずいぶんパニックも収まっていた。
自分では滑舌が悪いようには思えないけれども、説明しようとして言葉がいつもよりスムーズにてこない気がする。集中しようと一生懸命になると頭のなかが息苦しいというか、くらくらするというか、もやがかかったような感覚があった。
脳梗塞が疑われ、CT検査をするという。
KK病院では夜間、MRIの電源を落としているそうで、とりあえずCTで診て、やはりMRIで撮影したほうがよさそうということになったら、救急車でS病院に搬送することになったという。

深夜0時を回っていたんじゃないかと思うけれども、夜勤の先生も看護師さんたちもテキパキ動いてくれていた。

救急車と聞いて、わたしはなんだかワクワクしてきた。
「救急車なんて乗るの初めて」
「僕も」
Kもわたしも、こういうときこそのんきになる。深刻な状況は笑い飛ばそうとするタイプだった。
薄暗い待合室でふたりそろって写真を撮った。
田舎の家族が心配しているだろうからと、KがいうのでLineで写真とメッセージを送った。

「もう病院だから安心して。ひょっとしたら救急車で別の病院に行くかもしれないけど、そうなったらまた連絡するね」

旅行の途中で経過を報告しているかのようだった。

                                                          (続く)

いただいたサポートは、これからも書き続けるための大きな糧となることでしょう。クリエイターとしての活動費に使わせていただきます!