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天才への期待と偏見『TAR』

あらすじ

 指揮者として、類稀なる才能と輝かしい経歴を持つリディア・ター(ケイト・ブランシェット)。世界最高峰のオーケストラ、ベルリンフィルの指揮者を務め、着々と曲の完成度を高めていくターだった。しかし、元教え子のクリスタという女性の存在によって、彼女の世界に暗影が差す。

世界に裏切られる主人公

 ターにとって大切な人は、次々と彼女のもとを去って行ってしまう。
 秘書には、RAT ON RAT(裏切者を裏切る)と自分の著書をアナグラムで、裏切者扱いされる。
 妻であるシャロンは、ターが諸所の問題を相談してくれなかったことに腹を立て去っていく。しかし、ター曰く、妻に心配をかけたくなかったのだと言う。
 挙句、隣人にまでピアノの音を騒音となじられ、引っ越しを強制される。

 しかし、彼女らがターの意見を親身に聞いているシーンは、あまり見当たらない。

 裏切者扱いされるターだが、むしろ周りの人たちから裏切られていたように感じるのは私だけであろうか。
 ターの周りの世界は、彼女の指揮における天賦の才ゆえ、その人格まで完璧なものとして崇めた。
 そのため、なにか都合の悪いことが起きると、彼女の意見を聞くことなく、すべての責任を彼女に押し付けたのではないか。

オルガという贖罪

 チェロ奏者のオルガとターの出会いは、新メンバー加入のオーディションだった。
 オーディションで彼女を選ぶ際、演奏ではなく、見た目のみから選出したのは、足元を覗くシーンから明らかである。

 では、ターは、なぜオルガの見た目に惹かれたのか。

 それは、若さ、つまりクリスタっぽさからであろう。
 ターは、クリスタに対する自分の行動を悔いていた。そしてクリスタにおびえていた。
 そのため、クリスタと同じ年代であるオルガをかわいがることに贖罪の機会を見出していたのではないか。

 オルガは、あまり礼儀正しいとは言えず、通常であれば、ターとはあまり打ち解けないキャラクターであった。しかし、そんなオルガを特別扱いする様子は、クリスタへの仕打ちを必死に償おうとしていたことがうかがえる。

ターとクリスタ

 ターは、潔癖な傾向がある。作中に、手を洗ったり、消毒したりするシーンが多く挟まれていたことからも読み取れる。そしてその潔癖さは、人間関係においても有効であった。
 クリスタの名前で、「AT RISK」というアナグラムを作ったり、自分の不利益となる人間を排除する姿勢は、天才の完璧を求める気質からであろう。

 一方作中で、クリスタは一切セリフがない。それどころか、クリスタの性格などの情報もほとんど出てこない。
 筆者の意見だが、映画にクリスタを登場させなかったのは、クリスタの行動にも問題があったと視聴者に感じさせてしまい、ターの重圧を十分に表現できなかったからではないかと考えている。(映画外の考察なのでご法度かもですがご容赦を!)
 つまり、本当はクリスタは、ターに少なからず危害を加えていたのではないか。

 ターの潔癖とクリスタの行動が最悪な結果を引き起こしてしまった。
 ターが、妻に相談できていれば事態は変わっていただろうか。

絶望、それから

 ターは、事件後、地位を失い、職を追われた。
 それから仕事を求め、アジアに向かうターであったが、そこはこれまでとは180度違う世界であっただろう。
 潔癖な彼女の目に、その世界はどう映ったのか。多くの葛藤があったであろうことは想像に難くない。

 最後のオーケストラを指揮するシーンで、最前列に貧乏ゆすりをする男の子が座っていたのに気づいただろうか。
 かつては、貧乏ゆすりをする生徒の価値観に真っ向から対立していた彼女だった。
 しかし、彼のような子を受け入れ、自分のオーケストラのメンバーとして育て上げるまでの余裕を勝ち得たのだとしたら、この映画は、ある意味ハッピーエンドなのではないだろうか。

短すぎる感想

 天才、スターに完璧を求める社会の非情さを感じ、自分の身の振り方も省みなければと感じた。

画像引用元
映画『TAR/ター』公式サイト https://gaga.ne.jp/TAR/about/



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