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三鷹の陸橋 第十一回

哲彦は頷き、話頭を転じた。
―「りくばし」。そう呼ぶのですね。
良いことを聞きました。やはり現地は踏むものだ。
忘れずにおいて、折あらば「三鷹人」のふりをしましょう。
山を見る角度といえば「津軽」にはこうあります。

哲彦は再び青空文庫を開き、次の一節を音読した。
【「や! 富士。いいなあ。」と私は叫んだ。富士ではなかつた。津軽富士と呼ばれてゐる一千六百二十五メートルの岩木山が、満目の水田の尽きるところに、ふはりと浮んでゐる。実際、軽く浮んでゐる感じなのである。したたるほど真蒼で、富士山よりもつと女らしく、十二単衣の裾を、銀杏の葉をさかさに立てたやうにぱらりとひらいて左右の均斉も正しく、静かに青空に浮んでゐる。】
【私はこの旅行で、さまざまの方面からこの津軽富士を眺めたが、弘前から見るといかにも重くどつしりして、岩木山はやはり弘前のものかも知れないと思ふ一方、また津軽平野の金木、五所川原、木造あたりから眺めた岩木山の端正で華奢な姿も忘れられなかつた。】

―「十二単衣の裾」。
―十三湖の描写と双璧かも知れません。
―津軽生まれ津軽育ちの太宰が、岩木山をことさらに「富士」と言い誤ったふりをする。まあ、山梨から夫人を迎えたのだからその資格はあるのかも知れません。
しかし、そんなえふりこぎが、笈を負うて都会に出た田舎者に容赦ない三島由紀夫には我慢ならなかったのかも知れない。
―「えふりこぎ」ってなあに?
―失礼。半可通の津軽弁が、ときどきつい口を突いて出るのです。
「えふりこぎ」、「いふりこき」は、「すかした奴」という意味です。関西弁ならばさしずめ「ええかっこしい」といったところです。
しかし播州の血筋の三島だって、東京に出たのはほんのふた世代前にすぎません。三島の本名、平岡公威の「公威」は、彼の祖父が同郷の先輩、出世頭だった古市公威からとったものです。
田舎者が田舎者を嗤うのはおかしい。
古市公威の銅像は本郷の東大にありますが、三島の銅像はどこにもありません。
太宰の像ですら、故郷にはちゃんとあるのに。
正真正銘の甘ったれは、死後も見事に甘ったれを貫き通すもののようです。

分かれ道に着いた。
ー楽しい散歩でした。お綺麗な方にデート、じゃなかったガイドをして頂き、三鷹の好感度、爆上がりでした。
ー爆上がりだなんて…無理して昨日今日の言葉を使うのは貴方らしくありませんわ。
―初対面なのに失礼なことを口走ってごめんなさい。どこかの「道化」が憑依してしまったのかも知れません。

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