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2024年8月の記事一覧
【短編小説】物語は搾取されました 六、これが私のプチ贅沢です
達哉にとって、ホテルの朝食バイキングほどの贅沢はない。
朝食チケットを出して、白い皿に食べたいものをチマチマ並べていく。このホテルはパンの種類が多くて迷ってしまう。
普段、朝は米派なくせに焼き立てのパンの誘惑に負け、作りたてのオムレツのトロトロを頬張り、最終的にカレーで締めていたりする。
今朝は、会場にいるほとんどの客がスーツを着ていた。これから仕事なのだろう。
これから家に帰るだけの
【短編小説】物語は搾取されました 五、ナナちゃん
まな板を上から映した映像から始まった。
今朝はサンドイッチらしい。
1つはたまご。
ゆで卵を大き目のフォークで潰して、マヨネーズと塩を混ぜる。ゆで卵を2つも使ったから、柔らかな食パンの上にたっぷりと卵の黄色が広がった。
もう1つはハムとチーズと薄切りトマトとレタス。
丸のままのレタスを銀色の冷蔵庫の野菜室から取り出す。
レタスのお尻を押して、器用に芯をくり抜いた。その穴の空いたレタ
【短編小説】物語は搾取されました 四、運営事務局問い合わせ係、阿部 後半
「あのコメントは、あいつが嘘をついているからです」
なんだかよくわからないが、ここは差し障りない程度正直に話すことにした。
「あいつは結婚していて、あの男は元カレだ。不倫だよ。だから告発したつもりだった」
「お知り合いなんですね」
夫だと言いたくなくて、口ごもるしかなかった。
「その事実はご確認したのですか?」
「いや、でも、そうだろう」
「不倫相手との日常を投稿するのも利用規約
【短編小説】物語は搾取されました 三、運営事務局問い合わせ係、阿部 前半
次の動画は炊飯ジャーから始まった。
真上から撮られた炊飯器は正しく円を描き、その内側のごはんは雑穀米の薄ピンク色に染まっていた。
熱っ、熱っ、と言いながら、妻の華奢な指がおにぎりを握る。お米の熱で手のひらが赤くなるのも構わず、小さめの三角おにぎりをせっせとこしらえていく。それを海苔で包み、白い皿に並べた。
その指先に目を奪われていたのに、画面が突然シルバーの小鍋に代わり、わかめの味噌汁をよ
【短編小説】物語は搾取されました 二、妻に触れたのはいつのことだろう
次の動画はまたキッチンから始まった。カメラは一部分しか映さないが、達哉にはその奥に何があるのかよくわかる。
銀色の冷蔵庫は、いつも張り付けてあるはず子どもの絵や、集金袋などはすべて外され、まるで新品みたいな顔をしていた。
そいつから冷凍室を引き出し、妻と思わしき彼女は某有名アイスを取り出した。クッキーアンドクリームの文字が画面に映し出される。
〈私の本当の小さな贅沢は、実は朝ごはんより金
【短編小説】物語は搾取されました 一、物語は搾取された
その付箋を見つけたのは靴を脱いだときだ。黄色い蛍光色の小さな紙は黒い靴下の裏に貼り付いていた。
物語は搾取された
Shimasaki J
(何だよ、これ)
付箋を剥がしてシャツのポケットに入れた。意味不明な文字を読み、自分には関係ないとゴミ箱へ捨てようとしたはずなのに。
何故なら、胸の中で誰かが囁いたのだ。これは重要なパスワードだ、と。
ビジネスホテルの四角い窓ガラスの向こうは夜