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林芙美子[放浪記]で振り返る昭和初期⑤

こんにちは、hakuroです。
 数ある「放浪記」ものの元祖たる林芙美子の「放浪記」をもとに、昭和初期の文化と昭和初期の語彙を集めていきます。
手元にあるのは、
「新潮社 日本文学全集57 林芙美子集」昭和36年印刷

気になったものを現代のインターネットから検索して保存するだけの簡単な作業です。無料の情報ゆえ、間違いはご容赦ください。そしてコメントにて訂正をお願いいたします。
また、画像の無断使用に問題がある場合がありますので、できる限りリンク元も表示していきたいと思います。

今回は(十一月×日)から(十二月×日)まで。
おもちゃ工場で働きます。前回の十二月は、就職活動にあけくれ限界ギリギリの生活をしていましたが、どうやら八月からセルロイドのおもちゃ工場に勤務しております。松田という男に親切にされ、しばらくともに暮らします。日記は次に四月に飛ぶことになります。

浮世離れて奥山ずまい、こんなヒゾクな唄にかこまれて、私は毎日玩具のセルロイドの色塗りに通っている。日給は七十五銭也の女工さんになって今日で四か月、私が色塗りをした蝶々のお垂<さ>げ止めは、懐かしいスーヴニールとなって、今頃はどこへ散乱して行っていることだろう。

放浪記 十一月×日

立山節/館山節 (浮世離れて奥山ずまい)

立山節とは 明治二〇年(一八八七)頃から花柳界を中心に、全国に流行した端唄風の上品なお座敷唄。もとは富山県の立山地方の民謡といわれる。

コトバンクより

浮世離れて奥山住まい 恋も悋気<りんき>も忘れていたが
 鹿の鳴く声聞けば 昔が恋しゅうてならぬ
  あの山越えて 逢いに来る

悋気<りんき>はやきもち 嫉妬のこと
以下は端唄 館山 朝川玲伎様のYourtube動画です。趣深いですね。

こんなヒゾクな唄にかこまれて、と林芙美子が言う。近くに芸妓の店が乱立していた場所かもしれませんが、工場の詳細は不明でした。現在も営業なさっているセキグチ殿かもしれませんが、その当時セルロイドの会社もいくつかあったのかもしれません。

スーヴニール

スーベニア、つまりお土産のことのようです。

工場で働くうちに仲の良くなった「お千代さん」と一緒に芙美子はサンマを買って帰ります。彼女の事をこのように語っています。

 美しいお千代さんの束ねた髪に、白く埃がつもっているのを見ると、街の華やかな、一切のものに、私は火をつけてやりたいようなコウフンを感じてくる。

放浪記(十一月×日)

むつき

おむつのこと

ロシヤパン

日本特有のパンとのこと

女工はまるで、ササラのように腰を浮かせて御製作なのだ。同じ絵描きでも、これは又あまりにもコッケイな、ドミエの漫画のようではないか。
「まるで人間を芥だと思ってやがる。」

十二月×日

ササラ

ササラ竹 竹の先を割って束ねたもの

ササラ

ドミエの漫画

オノレ・ドーミエ ガルガンチュア

狂人じみた口入屋の高い広告燈が、難破船の信号みたように風にゆれていた。
「お望みは……」
牛太郎のような番頭にきかれて、まず私はかたずを呑んで、商品のような求人広告のビラを見上げた。

放浪記 十二月×日

銘仙の着物

画像は三越伊勢丹マガジン殿より

比較的カジュアルな着物だったようですが、産地は様々とのこと。

口入屋

江戸・明治時代の職業周旋業者。「口入れ」とは口を挟むことで、転じて仲介・周旋の意となったのは古代末期で、当時は「くにゅう」とよんだが、周旋が職業となっていたかは不明。営利事業としては中世末~近世初期に発達し、近世中期には「くちいれ」の訓読みが始まる。入口(いれくち)、肝煎(きもいり)、慶庵(けいあん)、人入れ、女衒(ぜげん)などの呼称があり、求人先の身分や求人の職種・性別によって口入れ屋にも専門的分野があった。正規の奉公人には請人(うけにん)(保証人)の証文を入れて紹介手数料を徴収した。特殊な形態に寄子(よりこ)制の職業における寄親(よりおや)がある。明治以後は営業の行政監督が強化されるとともに公益的紹介業の発達をみ、1938年(昭和13)の職業紹介法改正による国営化のため転廃業し、やがて消滅した。

コトバンクより

牛太郎

遊女屋の客引き「妓夫太郎」

巻末注解による

今にも雪の降って来そうな空模様なのに、ベンチの浮浪人達は、朗らかな鼾声<いびき>をあげて眠っている。西郷さんの銅像も浪人戦争の遺物だ。貴方と私は同じ郷里なのですよ。鹿児島が恋しいとはお思いになりませんか。霧島山が、桜島が、城山が、熱いお茶にカルカンの甘味<おい>しい季節ですね。
 貴方も私も寒そうだ。
 貴方も私も貧乏だ。
 昼から工場に出る。生きるは辛し。

十二月×日

浪人戦争

不詳だが、明治維新の際、官軍に抗して脱藩の浪士連が相ついで起こした挙兵をいうか。たとえば藤本鉄石等の大和五条の乱、平野国臣等の生野の乱、水戸藩有志の筑波の挙兵、上野彰義隊の戦争など。ここでは上野の戦争を指しているらしい。

巻末注解による
老舗 明石家 かるかん

夏に食べてもおいしいと思います。「おいしい」という言葉は「美味しい」と書くことはあります。過去には「甘味しい」とも当て字ができたのかもしれません。

弄花<はな>

ろうか 花札の事

今回は以上です

とても、読みにくい日記でした。親切にしてくれる松田さんのことが気に入らない。だけどお金を貸してくれるので、情けないが結婚してもいいかもと思う。しかし気にくわない。そんな乙女心。

次回からまた4月に日記は飛びます。
しかし次の4月からは、比較的頻繁に日記の記入を行っているようです。
詩を書くことに楽しさを見出したようでもありますね。

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