中華ランチ礼讃

よく晴れた日、野暮用の帰りに中華屋へ寄った。その店は、老舗のシティホテルに入っていて、内装も絢爛たるもの。ディナーで来るのは敷居が高いので、ランチを狙うこととなった。
ここへ来るのは二度目である。初めて来たのは、数年前の夏の盛り。確かその時も、肩の凝るような面倒事を終えてから寄った記憶がある。あの日の目的は、夏限定の冷やし担々麺をいただくこと。胡麻と味噌の効いたスープにコシのある麺は抜群の相性だった。そこに、麻辣の爽やかな辛さ。さらにトマトのトッピングがうれしかった。あの夏の日のおいしい記憶が呼び起こされて、招かれるようにランチタイムの中華屋の敷居を跨いだ。

店内で食事をしておられるのはマダムの方がほとんどだった。何らかの女学校のクラス会と思しき催しも開かれていたり、にぎやかな様子。

着席しメニューを開く。ランチのコースもあるが、なにぶんこの日は中華のおかずで白米をかきこみたい気分だった。おあつらえ向きなランチセットというのが目に留まる。メインを一品選ぶと、スープや飯がついてくるという。これにしよう。
メインは酢豚かチンジャオロースか海老の豆鼓炒めの三択である。ちょうど四川飯店さんのnoteを読んで酢豚が食べたくなっていたので酢豚を選択した。
ちなみに、チンジャオロースは中国だと豚肉を使って作るのが一般的なのだそう。日本では牛肉を使用するレシピが多いが、これを広めたのは陳建民先生だとか。エビチリのソースにケチャップを使うのも先生のレシピだそうだが、手軽でおいしい四川料理を日本へ持ってきてくださったその功績は本当に偉大だとつくづく思う。

水を飲みながらTwitterをいじるうちにランチセットがテーブルに並べられた。
酢豚。ザーサイ。揚げ物。サラダ。卵のスープ。白米。
このうち揚げ物は、揚げた馬鈴薯にソースがかけられたものだが、そのソースの味は完璧に“インドカレー屋の謎ドレッシング”であった。スパイシーな味が油とよく馴染んでおいしかった。
そして酢豚。ジューシーな豚肉とパプリカ、ピーマン、葉ニンニク。その下に敷かれているサクサクとした触感のものは、どうやら揚げた春雨のようだ。それらすべてに黒酢たれがこれでもかと絡みついている。期待していた通りの甘辛さ、油っぽさ。やっぱり中華はこれでないと。野暮用で減った腹によく効く味だ。ご飯が進む。加えて、箸休めのザーサイの歯応えと、合間に飲むスープの旨み。白飯をあっという間に平らげてしまったが、しかしまだ足りないと腹が言う。覚悟を決め、中国茶を嗜むマダムの皆様を尻目に白飯をおかわりする。幸いにして、おかわりは無料であった。その飯も、酢豚の最後の一口とともにきれいに腹へおさまってくれた。スープまで飲み干し、完食である。

間もなく皿が下げられ、デザートの杏仁豆腐が到着する。それと同時に、ポットでお茶までサーブしてくださった。シティホテルらしい、手厚いサービスだ。
お高い中華屋へ伺ったとき、一番の楽しみは何かと問われれば、私の場合はポットで出てくるお茶である。どっしりとしたポットが卓にあるだけで贅沢気分に浸れる上に、家でポットを使って中国茶を淹れるより楽だからだ。茶葉を蒸らして、薄くも濃くもなりすぎないよう時間を調節する。飲み終わったあとは茶渋が残らないように茶器を手入れする。茶とは手間のかかるものだ。そういう手間を惜しむうちに、せっかく良い茶葉を買ってもいつの間にか湿気ってしまったりする。その手間暇を全て省いて、たっぷりのポットのお茶だけを味わえるのだから、ものぐさな私にぴったりである。
しかも、絶品の酢豚で白米をかきこんだあとの中国茶は、あたかも谷川の水のようで――伊吹文明先生の料理エッセイで紹介されていた坂口勤一郎先生の日本酒の表現。気に入った言葉を何度も借用してしまう私の悪い癖(杉下右京)――油をすっかり洗い流してくれるような心地よさを与えてくれた。後には、クリーミーで濃密な杏仁豆腐の後味が残るばかり。私は杏仁豆腐なら濃厚で甘さの強い系統のものが好きなので、これも助かった。

全てが過不足ない、完璧なランチ。すっかり満腹になった私は、喫煙所で一服した後ホテルを出た。
中華料理といえば、華々しいフルコースやオーダーバイキング、そして憧れの満漢全席も素晴らしいけれど、1時間の昼休憩で済ませる中華ランチも美しいと思えた午後であった。

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